映画『侍タイムスリッパー』を劇場で観てきました。大変すばらしい映画でした。
既にメディアで大々的に報じられていますが、この作品は自主製作映画であり当初は単館上映でした。それが口コミで評判になりあれよあれよという間に全国規模の上映になりました。上映9週目でついにランキングのトップ10入り。興行成績は4億円を突破。まだまだ伸びる勢いです。
さて、私は映画館に足を運ぶときにはほとんど邦画の実写映画を観ません。『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』を除くと最後に見たのは数年前に4Kリバイバル上映されていた『七人の侍』だった気がします。その前はというと…30年以上前に渋谷で「最後のフィルム上映」と称して上映された『七人の侍』だった気が。日本を舞台にした映画だとスコセッシの『沈黙』を映画館で見ましたが、あれは邦画に数えていいのかな。
これほど邦画を見ない理由は、言ってみれば日本映画を信用していなかったからです。若いころに劇場で観た『さよならジュピター』にほとほと嫌気がさしたことをずっと引きずっていたとも言えます。無論『さよならジュピター』を日本映画の物差しとするのは間違っていますし、それ以降評価の高い映画はたくさんリリースされています*1。それにひどい洋画もたくさんリリースされていますし観てもいます(『マッシブタレント』はひどかった。今年だと『フォールガイ』『エイリアン ロムルス』)。そう考えると、食わず嫌いが長すぎたのでしょう。
さて、『侍タイムスリッパー』を観たからには一言書かねばなりません。
邦画を舐めていました。ごめんなさい。
この映画はきわめて良質な『時代劇』であり、かつ、きわめて良質な『映画を撮影する人たち』のドラマでした。自主製作映画であるという言い訳が寸分も感じられない点も好感触です。
侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてくる。そう聞いて最初に考えるのはコメディです。実際、この作品では140年前の侍である高坂新左衛門と現代社会との間で起きる摩擦はコメディとして描かれていて、特に前半においては重要な部分です。しかし、この映画ではコメディが過度なものにならないよう非常に丁寧に脚本が書かれています。特に光るのは前半で高坂新左衛門の受け入れ先となった寺の和尚夫婦です。この二人の醸し出すべたべたの関西ホームドラマの空気は、高坂新左衛門が心に抱えて口にできない問題を「まぁまぁ。なんや知らんけどええがな、ええがな」と笑い飛ばしてしまいます。また、後半で登場する映画監督は侍だけにしかわからない問題と現代のギャップを監督自身が狂言回しとなることで観客の笑いを引き受けています。こういった受け皿を周囲に配置することで、「侍が現代に来た」というコミカルな設定が過度に高坂新左衛門を笑い者にしない点は見事でした。
主人公の高坂新左衛門は剣の腕こそたつものの、長男でないため家督を継がない下級武士です。まっすぐな正義感と弱いものを守る良心はあるものの政治については深く理解しておらず、『斬れ』という藩命を疑うことなく、それで世の中が良くなると信じています。その彼が暗殺の途中に現代にタイムスリップしてしまいます。世の中をよくする仕事の途中で違う世界に放り出された彼は、なんとか新しい世界になじみますが、それで侍であることを忘れられるわけではありません。その彼が、ショートケーキを食べて泣くシーンが前半の見どころの一つです。自分が食べているおいしいケーキは高級品ではなく下々の者に至るまで街のケーキ屋で買えると聞いた彼は
「日本は良い国になった」
と涙を流します。やがて彼は師匠について斬られ役として映画撮影所での職を得ます。そして刀を竹光に持ち替え、髷をほどいて髪を短くし、草鞋をスニーカーに履き替えます。
ところが、後半流れが変わってきます。斬られ役の演技が大俳優の目に留まり新作時代劇の敵役に抜擢される高坂。もろもろの問題を乗り越えて良い雰囲気で迎えた前半の慰労パーティーで、彼は自分が過去に遺してきた会津藩がどうなったか知ってしまいます。もはや彼は単純に「日本は良い国になった」と喜ぶことはできません。ということは、彼の仕事も中途半端のままということです。
現代人に明かせない自分の素性。そして終わっていない自分の仕事。それらと向かうために最後の殺陣に挑む、というのがクライマックスのシーンです。このシーンが本当に良いのです。撮影現場からカメラが切り替わって向き合う二人の侍になります。そこで音がうるさいのです。撮影機材の音が画面に紛れ込んでいるのです。そして「ああ、うるさいな」と思う頃にその音がすっと途切れるのが、憎たらしいほど緊張感を盛り上げてくれました。
『侍タイムスリッパー』は何気ないシーンから重要なシーンまで非常に気を配った見事な脚本*2と撮影技術に支えられた名作と呼べる映画でした。特にチャンバラが好きな人ならば、あの緊張感をぜひ劇場で味わってほしいものです。