定期的に疑似科学批判に突っかかる人が現れるのは、科学が道具であることを知らないからじゃないか

道具ですからね。使い方が決まってるんですよ。プラスねじをマイナス・ドライバーで回してはいけません。ねじには、そのサイズにあったサイズのドライバを使わなければなりません。
「いや、結構マイナス・ドライバーでもプラスねじを回せるよ」
まわせますよ。でも、きちんとした職場でやればどやされます。なぜなら、道具は正しい使い方をしなければならないものだからです。本当によい職場なら
「なぜ正しい使い方をしなければならないんですか?この方法でもうまくいきますよ」
など言おうものなら鉄拳が飛んでくるでしょう。そんな硬骨の職人さんも減ったようですが。道具の使い方は決まっていて、それにあーだこーだ言う余地はありません。いってもかまいませんが、それは道具を開発する局面で、工学のルールに従って語るべきであって現場であーだこーだ言うものじゃないんです。
道具論は現場にはいらない。
科学論は工学の現場ではそれほど必要ではありません。普段の生活でも必要ありません。偽科学は偽科学として斬って捨てれば十分。飯を食うのに消化のメカニズムを知る必要がありますか?無いでしょう。飯と飯でないものをより分けられれば十分です。
偽科学擁護や、偽科学批判を批判する人の意見を見ていると科学「論」に持ち込みたい様子がありありと見えることがあります。要するに、そこまで退行して煙に巻かないと偽科学なんて擁護できないってこと。
ぶっちゃけ、煙に巻くのは文系のやり口であって、膨大な証拠と正しい手法で検証をかける科学の手法の前には恥ずかしくて持ち出せないよね。と、いってみるテスト。