公衆衛生と個人の衛生意識

公衆衛生は個人主義と対極にあると思っています。上意下達のしっかりしている全体主義のほうが、公衆衛生は徹底しやすいです。その点で中国の公衆衛生が問題になるってのは不思議っちゃ不思議*1

WHOや日本大使館厚労省の情報をまめにチェックすることも確かに大切だけど、私は、今暮らしている現地の空気を信じるしかないと、思っている。そして、自分が危ないと思ったら、自分で自分の身を守るしかないんだということも分かっている。

マスク着用、手洗い、うがい。一人だけでやっても意味がありません。大多数が実行して初めて意味がでます。地方にあった日本の大企業の工場では食堂に手洗い場所があって、うるさく励行していましたし、結構な数の人が手をしっかり洗っていました。
そういう意味で、東京住まいでマスク、手洗い、うがいの意識をすることに少々疲れてしまいました。JRの乗客、馬鹿ばっかりだもん。咳しても口もふさぎやしない。どんな親に育てられたんだよ。私が一所懸命マスクをしても、この馬鹿たちが疫病を猛スピードで蔓延させるんですね。町中に馬鹿の死体があふれて、腐乱死体は新たな疫病を呼ぶのですね。私も家族を守れずに死ぬんですね*2
ダーウィン淘汰はつれないなぁ。馬鹿から距離を置く甲斐性のない私は、きっと淘汰されて早死にするんだ。

*1:ま、全体主義体制がしっかりしていないのかもしれないし、上に公衆衛生意識がないかもしれない

*2:別に隠すことじゃないが、子供に予防接種を受けさせない親を私は蔑視している

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