36 風の中のマリア

秋の初め頃に生まれたオオスズメバチの「マリア」が死ぬまでを描いた小説です。

風の中のマリア

風の中のマリア

この小説には二つの極端な顔があります。一つは昆虫を徹底的に擬人化していること。Amazonの書評を読むと、「みつばちハッチのスズメバチ」版という評を散見しますが、さもありなん。義務感や誇りといったあまりにも人間的な思考形態を付与されている上に、ハチ同士がゲノムについて議論する等、あんまりな光景まであります。このあたりは小学校中学年から高学年向けの読み物といった風です。
一方で、オオスズメバチの行動描写に関しては、高校生や大学生の知的好奇心を十分満足させるような記述がちりばめられています。それもそのはず、参考文献の筆頭には、このブログでも紹介したスズメバチの科学が挙げられており、著者は小野氏本人と直接やりとりをしたようです。
擬人化のほうはちょっと何だかなぁ、と思うのですがスピード感だけは手放しでほめることが出来ます。マリアの生まれた時期は、彼女の母親が作り上げた巣が最盛期に向かう時期です。爆発的に増える幼虫たちにエサを与えるため、マリア達は毎日のように狩りに出かけます。しかし、同時に駆け足で秋が深まっていきます。エサである昆虫は急速に数を減らし、一方で新女王となる妹たちのための部屋作りが始まります。女王殺し、それまでやらなかった西洋ミツバチの巣の襲撃、戦力激減を覚悟の上でのキイロスズメバチの巣の襲撃と、活動はエスカレートしていき、マリアの眼前でワーカーの枯渇、新女王の誕生といった劇的な変化が起きます。
春、女王が一頭だけで作り始めた巣は秋を迎える頃には数百頭のワーカーを擁する巨大組織になります。その組織の急速な変化をスピード感たっぷりに描いた点は、実に見事でした。
スズメバチは、労働と生殖をそれぞれの個体が機能分担するだけではなく、消化まで機能分担しています。ワーカーは肉を食べることが出来ず、幼虫が食べた肉から作り出した栄養価の高い液体を摂取して直接吸収することで、非常に活動的な一生を過ごします。狩りと戦闘の能力を高めるために無駄な消化器官を退化させたわけで、実に凄みのある進化形態といえます。作中でマリアが「巣全体で一つの生き物」と揶揄されていましたが、まったくその通りです。

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