滝の水をせき止めて貯めたい

先日帰省したときに、10年近く前の北海道旅行の話になりました。両親を連れて4人で道央、道東と走り回ったときの事です。
だいぶボケ始めた父は、旅行に行ったことを完全に忘れていてこちらが動揺しました。一方、30年に及ぶリウマチとガン摘出による内臓再建手術ですっかり身体が弱っている母のほうは、当時のことをはっきりと覚えていました。写真を見せるまでも無く、「あそこに行った、ここに行ってこんな話をした」とよどみなく楽しげに語っていました。
さて、そうやって走り回って訪れた場所場所の多くは母の要望だったのですが、その一つが知床の遊覧船でした。そしてその遊覧船に乗る前にオシンコシンの滝を訪れています。
オシンコシンの滝知床半島の北側にある滝の一つです。岩の上を流量の多い水が幅広く流れる大変印象的な滝です。年齢や病気、父親の気質もあって、目立った観光旅行をしていない母は、その滝をたいそううれしそうに見ていましたし、そのときのこともはっきり覚えています。
「『こんなに水があるのにどんどん海に流してもったいない。貯められんやろうか』ち言うて、みんなに笑われたんよ」
と、目元を細くして微笑んでいました。
その、当時と比べてすっかり肉の落ちた笑顔を見ながらふと思い出したことがあります。
弟が生まれた昭和42年、西日本は未曾有の渇水に襲われています。北九州市の資料を見ると、弟が生まれて1ヶ月もしない6月から断水が始まり、夏の休止を挟んで驚くべき事に10月いっぱいまで断水が続いています。ダムが干上がっていたのです。
http://www.suidou.city.kitakyushu.lg.jp/suidou/menu02/c2_04.html
当時は親子4人で1K(浴室トイレは共用)のアパートに済んでいました。使い捨ておむつなど無い時代です。おしめを洗うにも大量の水が必要で、気をぬけば赤ちゃんの身体をぬぐうタオルを洗う水にすら事欠いたことでしょう。
そういう経験をした母が滝の水を見たときに「ああ、もったいない」と声を漏らした気持ちが、少し分かった気がします。何年もたってしまいましたが。