話すほうが楽しいよなぁ

外国語についてまったくその通りだ、と思う文章を見かけたので紹介。

すらすら通じるよりも、通じないことを、「what?」とか「sorry?」とかいいながら、徐々に話題の合意の地点まで持っていくこと、これこそが外国語を「喋る」ことの、最大の楽しみなのだ。

メールのほうが手軽なんだけどつまらないのは、たぶんこれが理由です。いや、英語のメールも時差がなければ結構楽しい*1んだけど、地球の反対側とやり取りすると結論が出るまで数日かかるのがなんとも苦痛です。仕方がないので最初から相手の反論を見越して網羅的かつ精密な文章を書かなければならないのですが、これも苦痛。おまけに「お前のメールは息が詰まるようだ」と言われてさらに苦痛です。ビジネス的、かつ技術的にあいまいなところがなく、早く結論の出る癒しメールを書ける日本人が、きっとたくさんいらっしゃるんでしょうね。私には書けません。
ただ、会話も電話となると話は別です。対面で話しているときにはこっちが話しについていけなくなったことを顔色で表現できるのですが、電話だとね。相手によっては5分話させたあとに、「ごめん、聞き取れなかった。最初からもういちど。ゆっくりお願い。あ、トイレ行ってくるから少し待って」といったふうに体罰による教育が可能です。が、たいていの場合ビジネスでかける電話はそうは行きません。後ろでは会社が「成果」を待っています。
なんにせよ、引用文の中の「合意の地点」は言いえて妙です。営業の方は「話の落とし所」などと言ったりします。プレゼンテーションの結論も同じ。あらかじめ「ここに落とす」と決めておけば、途中のあれこれを楽しむ事も可能ですね。私の場合電話以外ですが。
話が迷走気味ですが、外国語の会話を楽しみたいならば、「宇多田ヒカル的無神経」を身に付けることが効果的だと思います。きちんとしつけられた子女ほど「相手の話を聞き取れない」ことを恥と考え、「言いたいことを簡潔に話せない」ことを恥と考え、恥をかくくらいならと黙ってしまいがちです。しかし、そのような奥ゆかしさが通じるのは日本の中だけ*2ですから、外国で話すときには恥の概念80%割引くらいで話してちょうどいい気がします*3
そういうわけで、元ネタになった日記のお子さん。

「ピンクはピンクでいいんだけど……この服には黄色もついているから、黄色は黄色……英語でなんていうのかな? あと、『ふたつの色があります』って英語でなんていうの?」 「うーーん。そこまで正確に答えなくてもいいんだけど」 「わからなかったから、答えられなかったよ」

いいじゃないですか。一所懸命で。英会話に必要な「恥リミッター解除」より、こういった一所懸命のほうが今は大事ですよ。
と、人のお子さんに勝手なことを考える昼休み。

*1:電子メールが日本で広がりだした頃、日本の女の子とかわした英語メールは楽しかった…。

*2:最近は日本でも通じなくなっているが

*3:大阪の人は英語が得意なはず。と、波風が立ちそうなことを言ってみるテスト