Unicodeになって良かったこと、良くなってないこと

Unicodeはたくさん問題を抱えており、その部分ばかり光が当たっていたため悪いものとして認識していた時期があります。しかし、使ってみると平素使う分にはとても便利です。cjk-unificationによって日中韓unicode文書を交換すると文字が化ける問題がありますが、今後日中韓の交流って減るんじゃないの?
さて、「もじのなまえ」から引用。とあるライターから取材を受けたときの様子だとか。

「それで、Unicodeになって、何か良いことってあるんですか?」

そりゃありますよ、シフトJISのように海外のウェブが化け化けになることもないし、JIS外字を意識しながら書かなくてすむし、良いことだらけじゃないですか。

「……いやあ、それは分かりますけど……それだけですか?」

いや、まあ、それだけって言われればそれだけですけど。

「じゃあ、JIS X 0213で文字が増えて便利になったんですか?」

旧人名用漢字許容字体表の漢字が使えるようになりましたね。

いろいろ背景があると思いますが、この場面に限って言えば単に聞く側の勉強不足です。本を書くためにインタビューをするなら当然基礎的な勉強*1はしておくべきですし、勉強してわからないならインタビューの最中にそれをからめて聞けばよいことです。
つーか、最近の新書は「著」といいつつ「編」、しかも講演集、過去の著作、インタビューをそれこそカットアップしたような本があふれているといいますから、インタビュアーも理解なんぞせずに適当に切り貼りする素材がほしかったのかもしれません。
Unicodeが出てきて良くなったことを理解したければ、Unicodeが出る前の世界を知っておけばすむことなのに。
確かに「FM-8に漢字変換ソフトがついた!」とか、「xxには漢字キャラクタ・ジェネレータが付いた」とか、「JIS第二水準までROMを搭載した」なんてことは我々年寄りの昔話になってしまいました。しかし、多言語の文字が化けるということは逆に日常茶飯に起きるようになったわけですし、そもそも名前の異字体問題は生々しい現実として今もそこに横たわっています。
こういった本を書くために勉強するならすぐに手の届くことばかりなんですけどね。
もっともライター氏を含めてPCを日常利用している人々が異字体や文字化けに鈍感になっているのかもしれません。少なくとも私自身は鈍感だと思います。

*1:内部符号と通信用符号化は本来違うとかなんとか