『七人の侍』

映画『七人の侍』を観ました。これは4Kリマスタリング版を2週間毎に上映している『午前十時の映画祭』という企画の一環として上映されているものです。実は先月『用心棒』を観て、あらためてその作品のすばらしさに感銘を受けたので、『七人の侍』もぜひ、と考えて見に行ったのでした。

で、その結果ですが、打ちのめされるほどの衝撃を受けて帰ってきました。素晴らしいの一言です。

 『七人の侍』については細々と説明する必要は無いかと思いますが、ざっと紹介しておきます。この作品は終戦から8年経った1953年から1年をかけて撮影された長編時代劇映画です。日本映画界としては空前の予算を投じて作られた映画で、黒沢明の完璧主義を体現するような緻密な脚本、演出、カメラワークによる非常に密度の濃い作品に仕上がっています。前作の『羅生門』とあわせて、世界に黒沢明監督の名前を知らしめた代表作と言えます。

舞台は戦国時代の小さな農村。戦で田は踏み荒らされ、年貢で生活は困窮しと二重苦の百姓達は、野武士達が今年も略奪に来ることを察知してついに音を上げます。窮した彼らは侍を雇って野武士達に対抗することを決意したのでした。

映画は3時間半に及ぶ大長編で、途中に休憩を挟みます。ストーリーとしては概ね三部に分かれており

  1. 侍を集める
  2. 侍と百姓達が徐々に一体となる
  3. 野武士との戦い

となっています。1部では侍の紹介がなされ、2部では侍と百姓が徐々にその心を通わせながら、一方で村が砦に作り替えられていく様子が描かれます。3部では侍側からの奇襲に始まる1騎づつへの包囲殲滅戦、そして映画史に残るであろう土砂降りの中の決戦が描かれます。

それにしても。こうやってまとめてしまうと全っ然おもしろさが伝わりませんね!

今回は4Kリマスタリングされた作品が上映されています。『七人の侍』は作品がとてつもなく面白く、そして素晴らしい出来であるいっぽう、マスターフィルムが失われていると言う悲運にさらされています。戦後復興がようやく形をとってきた時代でもあり、画質も音声もよくありません。それゆえに、ディジタル化される度にその時々の最新技術を投入して画質向上が図られています*1Blu-Rayが発売されたときのリマスタリング技術には惜しみない賞賛が送られていました。しかし画質がどんどん向上する一方で「セリフが聞き取れない!」という声も大きくなっていました。絵に比べると音声は再生が難しいので仕方ないのですが、とうとう今回の4Kリマスタリングでは絵と音声両方に大きな発展があったようです。

ということで、映画館では最初っから最後まで映画に没入することができました。大幅に品質が上がった音声によって、ほとんどのセリフが聞き取れるようになっています。そして、音声で気が散らなくなった分再生された画面に圧倒されることになります。大画面の中に映し出されるのは、これでもか!と作り込まれた戦国時代の暮らしです。百姓がまとうぼろは、肩口の酷いほつれまでが作り込まれています。登場人物が手をかける横木は単なる丸太ではなく、折れた廃材を利用したような経緯まで思わせるぼろ。最近の高画質映画に登場するお上品なセットとはまるで違う、濃密な「その世界」でした。

3時間半にわたってこんな感じで圧倒される時代劇エンターテイメントがこの作品であるわけで、いちいち見所をピックアップしていたら、何時間あってもたりません。

仕方ないので特に印象に残ったところをいくつか。

まず、中盤のさしかかり。村に雇われてきた侍達は、百姓達が落ち武者狩りをしていたと知って、鼻白んでしまいます。ここで活躍するのが菊千代(三船敏郎)です。

「竹槍に追われたものでなければ気持ちはわからん」

という侍達にむかって、菊千代は

「百姓達が落ち武者狩りをして何が悪い、どれほど理不尽な目にあっているかお前達にわかるか!」

と激高します。

このシーン、百姓と侍の接着剤としての菊千代の立場を良く表しているのですが、たまげたのは三船敏郎扮する菊千代が興奮して前後にのしのしと歩きまわることです。

フィルムの感度の悪い時代ですから被写界深度は深くありません。勢い、映画は横の動きが主体になります。この作品もおおむね激しい前後の動きなしで組み立てられています。ところが、このシーンでは激高した菊千代が大声でまくし立てながら前後に動きます。そのためカメラの焦点あわせがおいつかず、随所でピンぼけがおきています。完全主義の黒沢明であれば、見るものが作品から放り出されるようなシーンを許すとも思えないのですが、そんな心配を踏み倒すようにすばらしい三船敏郎の演技でした。このシーンでは怒っていた菊千代が次第に涙を浮かべるのですが、それに応じて侍側の代表格である島田官兵衛(志村喬)が涙ぐんでいくのも心をうちます。

それから、しの(津島恵子)が勝四郎(木村功)を誘うシーン。この女性は前半でこそ自分よりも婆様の飯の心配をするような純真な立ち位置だったのですが、自分が死ぬということを自覚し始めてから燃え上がるような情念を見せます。それがピークに達したのが決戦前夜。無言で勝四郎を見つめ、小屋へと誘うシーンで、たき火による熱気か彼女の姿を揺らめかせます。これ、狙って撮ったんでしょうか。ほんの一秒ほどでしたが、息を呑むようなシーンでした。

そして豪雨の中の決戦、野武士も、百姓も、侍達も泥だらけで走り回り、這いずり回ります。最後に倒れた菊千代が雨に打たれ、洗われてゆく姿が戦いの終結を象徴するようでした。

七人の侍』は十代の頃にテレビ放送で見、その後上京したころに「もうフィルム上映は最後」ということで渋谷の映画館で見た覚えがあります。

何度見ても素晴らしい作品ではありますが、今回の4Kリマスタリングはこれまでよりもいっそう楽しめる作品になっています。機会があれば、ぜひ劇場でご覧ください。

*1:世界市場で売れる作品なので、東宝としてもそれだけの金を掛けられる

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