思い出/自慢話が退屈でない稀有な例

先日の秋葉原での無差別殺人事件で、私が一番不愉快だったのは犯人が取り押さえられた瞬間を撮影した人に、「私にも写真のコピーを」とたくさん携帯が差し出されたという話です。きっと呑み屋で友達と携帯を囲んで「これだよ」「へー」と楽しく盛り上がるつもりだったのでしょう。
さて、ものにまつわる思い出話、自慢話など退屈に決まってます。特にそれが年寄りのものならば。
が、それが古いSF雑誌に関するもので、昔話をするのが巨匠と呼ばれた人で、かつ、イギリス人となれば期待せずにはいられません。

この本はクラークが少年時代から読んでいたアスタウンディング・ストーリーズ誌に関する思い出を綴ったものです。思い出といっても、そこはそれ、何しろクラークです。同誌の創刊の背景から始まって時代背景と絡め、SFの発展をこってりと説明してくれます。
話はおおむね、各号に掲載された注目すべき作品から始まるのですが、その作品の主題に絡めて当時の科学技術情勢、特に物理学、宇宙開発にかかわる豊富な話題が提供されます。当時のSFならではかもしれませんが、当局の努力もむなしく、豊富な科学知識と想像力を持つ作家が国家機密級の作り話をポロリと書いてしまうことも何度かあったようです。
また、回顧録ですので自身の溢れるほどの思い出話が紹介されるのも読みどころの一つです。同誌への初投稿*1の話や、ロケットに関する論争なども興味深い点といえます。
クラークは、この回顧録で単なる好奇心旺盛な少年として登場し、成長してアマチュア宇宙団体の会員(惑星間協会)となり、やがては科学解説者として認知されていきます。それに伴い、付き合いの範囲は広くなっています。当初はSF仲間的な人脈だったものが、やがてウェルナー・フォン・ブラウンなどと言う名前が、その知り合いの名前として上がり始めます。
クロード・シャノン*2とノーバート・ウィーナー*3のチェスの対戦を見た、などと腰を抜かすようなエピソードもあります。
往年のクラークを思わせるような科学的に濃い話、そしてイギリス風の、刺したナイフをひねるようなきついジョークをたっぷり味わえる一冊です。
SF好きの貴方にお勧め。

*1:読者として

*2:情報理論の始祖

*3:ロボット工学の神

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