「メートル」は人間が作った単位です。人間が消えれば意味はなくなります。「グラム」も人間が作った単位です。人間が消えれば意味はなくなります。「秒」も人間が作った単位です。人間が消えれば意味はなくなります。
光の速さがおよそ秒速30万キロメートルだということは、科学好きなら誰でも知っていることです。しかし、単位がかわれば30万という数もかわります。きっと宇宙人は光速を異なる数で表しているでしょう。プランク定数や重力定数も単位が変わればそれをあらわす数が変わります。
原子の構造を記述する際に使う、「微細構造定数」という値があります。これはプランク定数と光速その他の物理定数を含んでおり、結果として無名数*1となります。物理的に意味があり、かつ無名数と言う微細構造定数はαと呼ばれ、実験により詳細な値が求められています。
α≒1/137
単位を持たないので、αは人類の文化に縛られません。では宇宙のどの場所でも、どの時間でも同じ値を持つ定数でしょうか。
- 作者: ジョン・D.バロウ,John D. Barrow
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2005/02
- メディア: 単行本
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中盤、読者に微細構造定数のことが飲み込めてきたあたりからエンジンがかかります。この定数は原子の振る舞いに深くかかわります。ということは、わずかでもこの値が変われば物理現象が我々の知っているものとはまったく異なる可能性があります。αの値が異なれば人類どころか地球すら生まれなかったかもしれません。それどころか今の宇宙とはまったく異なった宇宙になっていたかもしれません。
では、αの値は我々が知っている値以外を取る可能性は無かったのでしょうか。αは時間を越えて一定だったのでしょうか。
この本にはαが変化したか知るにはどうすればいいか、あるいは科学者がどのような挑戦を続けたかがわかりやすく書いてあります。以前紹介した「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス」にも同じ話が出てきますが、人類が生まれる条件は恐ろしく狭く、単純な偶然や進化の「必然」にすがろうとする心は容易に不安に駆られてしまいます。人間原理というのは暗くて深い淵だと思うのですが、それを覗き込みたくなる気持ちがわかる本でした。
蛇足
この本に書いてあるαの定義は、同じ著者が書いて最近の日経サイエンスに訳が載った解説と異なります。そしてこの二つはgoogle検索に引っかかる他の定義とも異なります。「物理学者ってたいへんなのね」とちょっとさめてみたり*2。
もうひとつ。46ページから
自然の単位は、宇宙が非常に古く、できて10^60プランク時間であることを明瞭に教えてくれる。地球上の生命は、宇宙が出来て10^59プランク時間くらいになってから生まれたものである。我々はずいぶん遅れて登場してきたわけだ。
宇宙が生まれてから130億年とすると、プランク時間は5.4*10^-44秒ですから、宇宙の年齢は7.6*10^60プランク時間となります。ということは、10^60じゃなくて、10^61がおよその値としては正しいです。また、地球上に生命が誕生するまでは5.8*10^61プランク時間です。我々は遅れてきましたが、ずいぶんと言うわけでもありません。
また、計算の間違いはおいておくとして、10^60の歴史の中で、10^59の時間経過後に生まれたのなら、「ずいぶん早く」生まれたというべきです。はてさて原文の誤りか誤訳か*3。