火星探査機「のぞみ」のたどったみち

2003年、電源系が復帰しないまま火星周回軌道に乗れずに太陽をまわる軌道へと去っていった火星探査機、「のぞみ」の生い立ちから最期までを書いたノンフィクションです。

恐るべき旅路 ―火星探査機「のぞみ」のたどった12年―

恐るべき旅路 ―火星探査機「のぞみ」のたどった12年―

日本は科学ノンフィクションの分野が、がっかりするほど貧弱です。ほとんどの良質の本は英語からの翻訳で、そのため人々は科学史英米史観から眺めることになります。いきおい、国内機関が何をしているか知るすべはありません。多くの国内研究機関は国民のほうを向くことに無関心で、同業者か資金源としか話したがりません。
「のぞみ」が絶望的、という話を耳にした後、いくらか調べてみましたが何が起きているのかさっぱりわからず、日本の宇宙関連事業の閉鎖性にがっかりした覚えがあります。この本はそのとき感じたフラストレーションを払拭する内容であり、「のぞみ」と、それ以前の惑星探査計画に携わった人が何を考え、どのような困難に遭い、それを切り抜けるためにどうあがいてきたかを丁寧に解説した本です。
主題は惑星探査ですが、内容は一般向けに噛み砕いてあります。何度もミッション達成の鍵として登場する「フライバイ」に関しても絵を使ってわかりやすく説明してあり、なぜそれが鍵なのかよくわかります。
全体を通して「日本の宇宙事業にかかわる人は善、それ以外は悪」といった論調の強い本です*1。好き嫌いがわかれるかもしれません。
「のぞみ」の情報統制の失敗から少しは学んだのか、JAXAのWEBサイトは以前の宇宙関連事業よりは国民に活動を知らしめようと言う気が少しは見えます。しかし、十分と言うにはまだまだ遠い状況です。国民の無理解を嘆く前に、国民が理解できるよう活動すべきです。
「そんなことをするために研究職についたんじゃない」と言うのは簡単ですが、そういう研究への資金を絶つことも簡単なのです。
途中、宇宙研究所の仕事を国民に知ってもらうべく孤軍奮闘する的川泰則教授が「『のぞみ』に人々の名前を書いて火星に送ろう」と提唱して行動を開始するくだりがあります。当初メディアに冷たくあしらわれた提案ですが、やがて怒涛のように応募はがきが送られてきます。当然のように庶務企画課だけでは対応できなくなり、研究所全体に非常事態として殺到するはがきの切り抜きに協力するよう要請が発せられます。
当初はいやいや協力していた人達が、やがて自発的に協力するようになります。

はがきを切り抜いていけば、いやでもコメントを読むことになる。
最初は他人の人生を垣間見る楽しみだったかもしれない。が、やがて切り抜きに参加した者らは、コメントに打ちのめされていった。
そこには応募してきた人たちの人生があった。
(中略)
生病老死、送られてきたはがきには、人生の無常と輝きのすべてがあった。それらのはがきが「名前を火星に送ってください」と訴えていた。

日本の科学事業、科学教育の没落の根底にあるのは、結局このことに象徴されるようなつながりの欠落ではないでしょうか。自分は科学には関係ない。科学は国民には関係ない。こういう双方の無関心が、すべての元凶のような気がします。工業立国に住む以上、不可避的に国民は科学にたいして関心を持つことが要求されます。科学は税金で運営される以上、不可避的に国民に説明義務をおいます。単にそれが認知されるだけで、物事の大半がうまくいくはずなのです。

*1:ただし閉鎖性に関しては宇宙事業に対する批判がある

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