ハードSFの真骨頂

学生時代、ハードSF*1にどっぷりとはまっていました。ハードSFって何?となると、人によっていろいろ言いたいことがあるかと思います。だから「これがハードSFの定義だ」、なんていうとちょっと宗教戦争*2じみたことになるかもしれません。
私が考えるハードSFとはなにかというと、「科学的に緻密な構造物」です。フィクションなので、科学的な嘘や作り事があるのは当然ではありますが、そこを最小限の虚構に抑え、作りこんだ虚構から如何に壮大な話が作り上げられているか、というのが私のSFの楽しみ方です。そういう意味で、硬派の推理小説に通ずるものがあるかもしれません。ご都合主義は読みたくないのです。だからいわゆるスペースオペラは食わず嫌いを通しました。
さて、そんな私の中で20年間不動の「ベストSF」の地位を占めるのがこれ。

極限まで乾燥した過酷な月面で数億年かけて微小な塵を溜め込んだ巨大なくぼ地「乾きの海」。液体のごとく流れ、すべてを飲み込む塵の海の真ん中で観光船セレーネ号が月震に見舞われ連絡を絶ちます。ラグランジュ衛星からの高解像度写真にも写らないセレーネ号は爆発四散したのか、それともがけ崩れに飲み込まれたのか。
過酷な環境で遭難したセレーネ号を如何に探し出し、限られた時間で如何に救い出すか苦闘する男たちの姿がイギリス風のブラックユーモアを交えながら描き出されます。
本書が執筆されたのは60年代の頭。当然人類は月面に立っていませんし、それどころか月に探査船すら降りていません。その時点で著者であるクラークが唯一持ち込んだ虚構が乾きの海を満たす「塵」です。真空中で流体の様に振る舞い、一方でポンプで吸い上げることが出来ないという「水と塵の悪いところを兼ね備えた」物質。この様な物質で満たされた地域があるとして、そこでおきる遭難はどのようなものか、救助活動はどのようなものかが巨匠ならではの想像力を駆使して描き出されます。
SF界では後年、「奇想天外なだけではダメだ。SFも文学でなければ」などという運動が起きるのですがそれを遥か以前にあざ笑うかのように、この小説にはたっぷりと人間ドラマが詰め込まれています。
幾分、訳の文体が古いのが玉に瑕ですが、SFを読んだことのない人にも無条件にお勧めできる一冊です。
飛行機のお供に久々に読んだのでご紹介。

*1:Science Fiction。某Marichanがすんでいるところではない

*2:とは言え、SF読者人口を考えると宗教抗争がせいぜいかも。

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