囚人のジレンマ

囚人のジレンマ」とは次のような状況を言います*1

二人のギャングが逮捕され、刑務所に拘留されている。二人は、互いに話をしたり、メッセージを交換したりすることが絶対にできない状況で、独房に入れられている。警察は、重罪で二人を有罪にするだけの十分な証拠は持っていないことを認めている。そのため、それより軽微な罪で、ともに一年の禁固刑に処す意向を持っている。警察は同時に、二人の囚人に、魂を売り渡すようなファウスト的取引を持ちかける。それは、もし相手に不利となる証言をするなら釈放してやろう。ただしパートナーは本件で三年の禁固刑に処せられる、というものである。もちろん、ここには落とし穴がある…もし、両方が相手に不利となる証言をした場合は、二人とも二年の刑になるというのだ。

自分がギャングであるとして、もっとも「よい」選択は何でしょうか。黙っていれば、最低で一年、相棒が裏切れば三年くらいます。もし相棒を裏切れば、うまくいけば釈放、相棒も裏切れば二年くらいます。仁義は横に置くとして、最もよい戦略はなんでしょうか。
こういった問題を整理して扱うための道具として使われるのが「ゲーム理論」です。ゲーム理論は「勝つことだけに関心がある完全に論理的なプレイヤーが行うゲーム」に関する手法で、直接ポーカーなどの娯楽と関連するわけではありません*2
ゲーム理論は第二次大戦中に、それまでゲームの構造について考えてきたフォン・ノイマンがオスカー・モルゲンシュタインと共同で書いた「ゲームの理論」で広く世に問われます。

囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論

囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論

本書はゲームの理論の構築に深くかかわったフォン・ノイマンと、第二次大戦後の冷戦の時代を両脇に沿えてゲーム理論について広く説明をこころみています。ノイマンはきらびやかな才能と派手な性格に飾られた陽気な人間ですが、人生の後半にかかわった研究の多くは核戦争と密接した暗いものでした。
ゲームの理論は複数のプレーヤーによる競争を形式化し、数理的なアプローチをするものですが、それは本当に有効でしょうか。特に、このような研究が効果を挙げると期待された核戦略などにたいして本当に有効なのでしょうか。実世界をゲーム理論で切り抜けることはできるのでしょうか。
結論から言えば、それはできないようです。しかし、目の前にある問題を分析するときの基本的な土台としてゲーム理論は有効であるようです。本書では冷戦時代に起きた「予防戦争」論議やキューバ危機などをゲーム理論の立場から論じることによって、ゲーム理論自身と、それがおかれた時代の雰囲気をよく説明しています。また、こういった戦争問題以外にも日常的にありがちな問題を整理して理解する場合には有効に思えます。
本書は教科書ではないので、ゲーム理論の数理的な解説よりも、わかりやすさに力点を置こうとしている点はこの本のよい部分です。また、冷戦初期の核兵器黎明時代についての下りも、興味深いものがあります。「予防戦争」という考え方は知りませんでしたが、それが政府の外で真剣に論じられたというあたりは空恐ろしいものがあります。
350ページを超える分厚い本ですが、内容はほとんど文字です。いつもは読まない種類の本*3ですので思ったよりも手間取りました。ゲーム理論に興味のない人には退屈だと思いますが、ノイマンと冷戦の部分を読むだけでも面白い本です。

*1:本書154pから引用

*2:起源がそこにあるという意味では関係しますが

*3:こういった本に触れることができる点で「翻訳者読み」をはじめたのは正解でした

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