素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

すばらしい本です。
ものの本で読んだところによると、通俗向け科学解説書(ポピュラー・サイエンス)には売れる分野が三つしかないそうです。

  • 宇宙
  • 量子
  • 進化

結局「天地は如何に作られたか」「人は如何に作られたか」という聖書ネタが繰り返し読まれているだけだとか。つまり、それ以外の分野はそれほど売れてないわけです。お恥ずかしいことに、私が読む解説書も多くがこの分野に集中しています。したがって数学の解説書はほとんど読みません。
むしろまったく読まないと言っていいくらいです。思い出してみると前世紀の終わりごろに無限の天才を読み、今世紀に入って「無限」に魅入られた天才数学者たちを読んだ記憶があるくらいです。他にも読んだかもしれませんが印象がありません。それ以前だと不完全性定理関係の本を読んでいました。
さて、私は数学の解説書が嫌いかと言うとそうでもありません。高校に入学してから暗記科目となった数学に対する感心はすっぱりとなくしてしまいましたが、「すうがくばなし」は今でも好きです。暗記科目としての歴史が嫌いでも歴史の話が好きな人がいるのと同じかもしれません。もっとも、私の場合は大学時代の友人Mの影響が強いようです。数学の授業にまったく関心がなく結局落第してしまった私に対して、ご苦労なことにMはカントールの悲劇やゲーデル不完全性定理に関する話を延々と繰り返し話していました。ラマヌジャンのこともMから聞きました。こうしてみると、数学に関心がないとはいえ、読書履歴を見ると見事にMの術中にはまっていたように思えます。
閑話休題

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

本書はMの呪縛を逃れて私が数学書を選んだ珍しい例です。買ったのは偶然で、本屋に寄ったついでにぶらぶらしているときにふと目をやった先に平積みしてあったのが本書でした。リーマン予想と言う言葉は知っていたとはいえ、財布に余裕がなければ買わなかったでしょう。
軽い気持ちで買ったにもかかわらず、この本は間違いなくこれまで読んだ科学解説書の中でもっとも難しいものでした。難しいと言うのは、決して数式だらけで取り付くしまがないとか、理解不能のレベルの高さと言う意味ではありません。全体がまさに数学のように基礎から編み上げられているため、途中で話を飛ばすのを許さないのです。そして話そのものも説明がやさしいとはいえ、数論や解析学複素数の話ですからともすれば振り落とされそうになります。読んでいる間、何度も自分が巨大な岩塊にしがみついているような錯覚を覚えました。
一方で途中で読むことを放り出せなかったのは、この本が間違いなくこれまで読んだ中で五指に入るだろう面白さだったからです。科学解説書だけではなく、小説や工学書、漫画まで含めた上でのベスト5です。結局、1度読んだだけでは飽き足らず、2度読んでようやくこの紹介を書く気になりました。
よい科学解説書の例に漏れず、この本の導入は見事なほど読者を引き込みます。

多くの場合と同様、この手品も一組のトランプで始まる。
52枚のトランプを、四隅をきちんとそろえ、テーブルに置く。一番上のカードに指を這わせ、他のカードが動かないようにしながら、このカードだけを前に押し出す。カードが傾いて下に落ちるまで、どのくらい前に出せるだろう。つまり、このカードは、元のカードの束から、どのくらいせり出せるだろう。

図入りで丁寧に説明されるこのカードマジックは、最初の1ページを使って1/2枚せり出せることが説明されます。そして次のページでは、1枚目を乗せたまま2枚目が1/4枚せりだせること、3枚目が1/6枚せりだされることが説明されます。3ページめではこれまでの総せり出し量がまとめられ、やがてこれらは丹念に説明されながら1つの級数として成長していきます。筆者は一章丸々を費やして、級数が発散するか収束するかと言う話を丹念に説明します。そして以後重要となる解析学や数論と言った数学の諸分野を簡単に紹介します。
で、リーマン予想はどこに?
そのとおり、第一章にはリーマン予想が出てきません。それは本書全体を象徴することでもあります。この本の目的は

ゼータ関数の自明でない零点の実数はすべて1/2である

というリーマン予想について、それにまつわる謎を読者に説明することであると筆者はプロローグで書いています。にもかかわらず、ゼータ関数が出てくるのは5章です。そしてゼータ関数が出てきた後も、各種の数学と数学者が入れ替わり立ち代り現れ、リーマンがなぜゼータ関数を持ち出したか一向に説明されません。それらはメインディッシュとしてとって置かれています。
この本に書かれている数学は、リーマンが生まれる前の19世紀初頭のガウスの時代から、21世紀初頭にいたるまでの丸々200年にわたっているのです。1859年のリーマンの論文でさらりと触れられたこの予想は、見掛けの単純さに反して150年の間数学者の挑戦を退けています。数学上の難問と言えば300年以上も難攻不落を誇ったフェルマーの定理が有名です。しかし、フェルマーの定理はフェルマーが思いつきでノートの端に書いた落書き(?)が発端であるのに対して、リーマン予想は彼が書いた素数定理に関する論文の中で重要な位置を占めているのが違う点です。
にもかかわらずリーマン予想の証明抜きに素数定理は証明されるのです。本丸が落ちた後になって、櫓の1つのはずだったリーマン予想の謎が際立ってきます。
筆者はこの本で、リーマン予想と言う美しくも怪しい謎を説明するために、数学と、それにかかわった数学者たちを交互に紹介していきます。数学者たちのエピソードはそれだけで独立した読み物として楽しめるものばかりです。しかし、なんといっても本書のすばらしさは数学解説の部分につきます。
大学初年程度の数学に関する知識が求められるとはいえ、本書の解説はあくまでも丁寧で、そして基礎から編み上げるような堅実さを維持します。ところどころ紹介される数学的事実は斜め読みをすれば退屈な命題でしかありませんが、丁寧に読み進めていけば衝撃的に映るでしょう。そして21章ではリーマンが1859年の論文でおこなった証明と、その中でリーマン予想の果たした役割がついに明らかにされます。内容は劇的であり、分厚い本を読み上げた褒美として与えられるに十分以上の驚きがそこに用意されています。
数学に堪能でもなく、いまや若くもない私は残念なことに本書に書いてあったことの多くを早くも忘れています。しかし、間違いなく今後もこの本を読み返すでしょう。そのとき、かなりの部分を忘れているというのはラッキーかもしれません。なぜなら、本書を読んでいる間に繰り返し味わった衝撃を今後も何度でも味わうことができるからです。

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