あなたはなぜそこに行ったのか

2004-09-24に緊急素人通訳の面白い話がでていました。読んでいて私も数年前の話を思い出したのでそのことをば。あちこちで話しているので聞いたこと読んだことのある話だったらごめんなさい。
前の会社はイスラエル系の企業でした。仕事でちょくちょくイスラエルに出張しましたが、かの国は日本で考えているほど危険ではありません。少なくとも当時はそうでした。確かに痛ましい自爆テロが起きるのですが、交通事故でその数十倍の人が死んでいます。ですから爆弾を恐れて震える暇があったら、目の前の車に気をつけなければなりません。そういう意味では日本とさして変わりませんでした。テルアビブは夜、女性が一人歩きをしても大丈夫な街です。もちろん場所によりますが、それは世界共通の話ですから。
しかし、だからといってのほほんとしているわけではありません。特に飛行機に関しては悲惨なテロが起きていますので警戒は厳重です。書き始めると終わらないくらい厳重です。その警備の中でも最も日本人旅行者を恐れさせたのが「出国時インタビュー」でした。時代の流れに従って少しずつ変わっていきましたが、私がイスラエルを訪れ始めたころには一人20分くらいのインタビューがおこなわれました。それも審査官3人くらいが交代で

  • どこから来たのか
  • いつ来たのか
  • なぜ来たのか
  • 誰と来たのか
  • どうやって来たのか
  • 誰が手配したのか
  • どこに行ったのか
  • 誰と会ったのか
  • 何をしたのか
  • 何を買ったのか

など、延々と繰り返します。慣れてくると毎度同じ質問なのでリラックスできます。それに学校を出たばかりと思しき、箸が転んでもおかしいようなお嬢さんが愛らしいはにかみ顔で質問をしてくれるときなどは「うんうん、おじさんに何でも聞いてごらん」と結構楽しい気分です。逆ににこりともしない氷のような美人にインタビューを受けたときもぞくぞくしました。
話がそれた。*1
さて、あれはインタビューにもなれたころでした。その時の出張は前の週にお客さんが帰国したため一人で出国審査を受けていたと思います。いつもの質問に普通に答えていたときでした、私にインタビューしていた女性のところに、横からすっと別の審査官が寄ってきて早口でヘブライ語の話を始めました。黙って待っていると、私にインタビューしていた女性が
『これはとても変なお願いですが』
と英語で切り出しました。
『まず最初に、あなたはこれを断ってもかまいません。私たちはあなたに強制しません。しかしお願いを聞いていただけるととても助かります』
と、ものすごく丁寧に話を続けます。
『どんなお話でしょうか』
『大変申し訳ないのですが、日本から来た人があまり英語を話せないので通訳をして欲しいのです。繰り返しますが、あなたは断ってもかまいません』
こんな面白そうなアクシデント、断るはずがありません。二つ返事で了承すると、
『本当にありがとう』
と私を別のカウンターに連れて行きました。そこには、黒っぽいジャケット姿の長身の男性が立っていました。見た感じは40台半ばでしょうか。びしっと決めた風ではありません。どちらかというとよれた風の男性が、怒るでもなく、困るでもなく、その場に立っています。その場にいた審査官が私を連れてきた方と短くヘブライ語で言葉を交わし、改めて私に礼を言います。
『面倒なことをお願いしてすみません。それではこの方にこれからする質問に答えるよう日本語で話してください。』
「I see. では、私が日本語に訳しますので質問に答えてください」
『あなたはなぜガザ地区に行ったのですか』
「……なぜガザ地区に行ったのですか」
うおーーーーっ、ライトを守っていて後ろからボールが頭にぶつかったような不意打ちでした。ガザ地区?なんで?私も知りたい(笑)
「Yes, I ... am .. 」
「大丈夫です、私が英語に通訳しますので日本語でお話ください」
「そうですか。私はガザの大学に調査のために行っていました」
以下、審査官に英語で答え、審査官の質問を日本語に訳す単純作業が始まります。両者にとって透明人間であるべき私でしたが、逐次直訳しながら好奇心全開です!!!
「なんのための調査だったのですか」
「私は日本の商社に勤めています。ガザの大学から研究用の機械の発注を受けたため、据付の下見に来たのです」
「一人で来たのですか」
「一人で来ました」
比較的短いやり取りの後、彼は通過を許されました。
『本当に助かりました。あなたのおかげでセキュリティ確認をおこなえました』
『いえいえお安い御用です』
『ではあなたのインタビューに戻ってください』
…特別サービスはないのね…

それにしても英語が流暢というわけではありません。海外なれしている風でもありません。それが単身ガザ地区に乗り込むとは。「これが日本の商社マンか」と思わぬところでその恐るべき行動力を目の当たりにしてしまいました。しばし感服した次第です。

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