『ドリーム』機械に酔いしれ、差別に打ちのめされる

日本では「差別と区別は違う」と耳にすることがあります。

概ね「区別しているだけのことなのに、過剰反応されてこまる」という意味です。本当に過剰反応のこともあれば、差別する側の言い訳のこともあります。

しかしマーキュリー宇宙船計画当時のNASAで働く三人の黒人女性を描いた映画『ドリーム』では、

「差別の実行は、区別として行われる」

ということを、嫌と言うほど見せつけられます。以下、だいぶネタバレがあります。

 描かれる差別

有人月探査プロジェクト「アポロ計画」に先だって行われた、有人宇宙船プロジェクト「マーキュリー計画」は、史実として終始アメリカの劣勢のもとに行われました。ICBMソ連に先を越され、有人ロケット打ち上げでソ連に先を越されながら、次々とロケットが爆発したアメリカの焦りは、小説、「ザ・ライト・スタッフ」に衝撃的なスタイルで描かれています。 

ザ・ライト・スタッフ―七人の宇宙飛行士 (中公文庫)

ザ・ライト・スタッフ―七人の宇宙飛行士 (中公文庫)

 

後の時代に生きる我々は、マーキュリー計画アポロ計画といった宇宙計画の成功を「人類の知性と理性の勝利」と捕らえていますが、一方で、それらが行われた当時、アメリカがまさしく理性とは対極にある差別の国であったことは忘れられています。

劇中、互いに親友であるヒロイン三人は、才能と能力を持ちながら黒人女性という厳しい立場におかれているために、その能力を活かすことが大変難しい状況です。問題は黒人差別だけではなく、女性蔑視という苛々する状況も含んでいます。

彼女らの立場を見事に表した会話があります。

「仮に君が白人男性だとしたら、技術者になりたいと思うか」

「思いません。もうなっているはずだからです」

有色人種用のバス、有色人種用のトイレ、有色人種用の本棚、有色人種用のコーヒーポット。こういった厳しい状況に対して、あるものは才能で、あるものは学ぶことで、あるものは闘志で戦います。

モデルはNASAに実在した黒人女性達であるものの、映画は彼女らの「活躍」を描くために多分にドラマ仕立ての「創作」として作られています。そういった創作はこの作品では成功しており、全体として

「理不尽な抑圧を能力ではねのける」

というスカッとするドラマとして描くことに成功しました。

描かれる時代

この映画には、いくつもの見所があります。

なんと言っても映画としての美しさがあります。バージニア州の農業地帯を貫く道路、ぴかぴかのアメ車、NASAのラングレー研究所、巨大な黒板、教会、休日。そういったものを、60年代のアメリカを思わせる空気感に満ちた映像として綺麗に包み込み、最初のシーンから映画に浸ることを許してくれます。

また、細部まで細やかに作られたセットも魅力です。

(ええぇ、風洞実験室を通路に使うか?ていうか、人が居ても実験中止しないの?)

という疑問も何のその、机の上に置かれたFRIDEN社の電動計算機に鼻血がでそうになりました。FRIDENの電動計算機は20世紀中頃に製造された計算機で、掛け算、割り算をボタン一発電気モーターと歯車で計算するという、機械工業のひとつの到達点です。高価な機械ですが、NASAの目標の重要性を考えれば、当然のようにそれがあちこちにおいてあります。

このFRIDEN計算機は、実は当時の時代を表す重要なイコンとして描かれています。

ヒロイン達が配属されていた西計算グループは、与えられた数式と数値に基づいて計算を行う部門です。その部門には大量の黒人女性オペレーターが居ますが、彼女らは言ってみれば単純工の扱いしか受けていません。FRIDEN計算機のオペレーターにすぎないのです。

キャサリンが研究部門に抜擢された際、ハリソン本部長が彼女に次のようなことを言うシーンがあります。

「我々が必要なのは新しい数式を生み出す天才だ。単なる秀才は要らない」

ここは字幕があいまいで多少わかりにくいのですが、要するに、新しい数式、つまりアイデアや方式を作り出して月に至る道を切り開く部門であって、単なる計算係は要らない(だから、計算係以上の働きをしろ)と言っているのです。英語ではこの部分は

「Adding Machineの前のレディーは要らない」

といった事を言っています。

さて、Adding MachineとはFRIDEN社の計算機をはじめとする機械式計算機の俗称です。そして、これらのAdding Machinesはまさに運び込まれてくるIBM 7090*1型コンピュータに置き換えられる運命にあります。机の上のFRIDEN計算機はそういった変革の波にさらされる事の象徴でもあるのです*2

劇中の彼女達は、黒人差別、女性蔑視に加えて合理化の波にさらされようとしています。いっぽうヒロインの一人であるドロシーは搬入されたIBM 7090を偶然目にし、機械好きな気性と向上心からプログラミング言語FORTRANの独学を始めます。そして持ち前のリーダーシップから計算グループの黒人女性達とFORTRANの勉強会を開催します。

後にこれが彼女達の運命を変えることになります。

今こそ見るべき映画

『ドリーム』は己の能力を発揮することで理不尽な差別と戦う物語です。それはある意味スカッとするドラマに過ぎません。

しかし、少数者排斥を日に日に強くし、技術改革で多くの仕事が失われていく一方で変革を拒むわれわれ日本人にとって、鮮烈な映画であるともいえます。

時代考証もよく練られており、『ライトスタッフ』で人気集めの優等生と描かれたジョン・グレンにくすりとするシーンもあります。テレビのアナウンサーの声も素敵です。何より、楕円軌道と円軌道の変換など技術用語が頻発するなど、見所の多い映画です。

是非、どうぞ。

*1:確か、ケヴィン・コスナー扮するハリソンはSeven Oh Ninetyと正確に呼んでいた。Seven Ninetyかな。IBM7090の名前の由来はWikipediaでどうぞ。

*2:だからクライマックスでキャサリンと共に戦うことになる

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