モノポールの夜明け

「博士…」
「おお、四谷君。久しぶりじゃな」
「久しぶりじゃありませんよ」

声をかけられた研究者が不機嫌そうに顔をゆがめる。飯田橋博士の奇行はいつものことだが、今回は実に3ヶ月、大学が参加している重粒子加速器の研究機関にこもりっきりで、ずっと音信不通だったのだ。その間、学生の面倒は全部四谷が見ていた。もっとも、博士が研究室にいるときも、学生の世話は押しつけられているが。

「文句は後で聞こう。それよりこれだ」
「なんですか?」

博士がよれよれの白衣から取り出したのは小さな金属の箱だった。思わず後ずさる。こもっていた場所が場所だけに、妙な放射性物質だったりしたら嫌すぎる。

「心配するな、妙な放射性物質などではない」

最近は読心術を自由に操れるらしい博士が軽口を叩き、箱の蓋を開けた。中をおそるおそるのぞき込んだ四谷は言葉に詰まる。

「…なんですか?」

箱の中が、歪んでいるのだ。おかしかった。明らかにおかしな形に歪んで見える。その中心に何かあるようだが、よくわからない。それが、歪んで「見える」証拠に、見る角度によって、箱の内部のゆがみ方が変わった。

「史上初、バルクの単離磁気モノポールじゃよ」
「単離…じゃあ歪んで見えるのは」
「そうじゃ」

と、飯田橋博士は言葉を切る。

「マックスウェルの電磁方程式の狂いが見えとるのじゃ」

マックスウェルの電磁方程式は電磁波の伝搬を記述する基礎方程式だ。その方程式は、「磁気モノポールは存在しない」と言っている。だが、事実ここにモノポールは存在する。故に、方程式の前提の狂いに従って、電磁波の伝搬が狂っているのだ。

四谷はそのゆがみに目を釘付けにされたまま、言葉を失っていた。磁気モノポール首都大学東京でその構造が指摘された後、クアラルンプールの研究グループによって実験室で生成された。だが、生成されたモノポールはその不安定さから、質量が1ピコグラムを上回ることが無かったのだ。多くの研究者が挑戦しては、そのキャリアを無駄にしていった。もう20年も前の話だ。

「何グラムですか?」
「10グラムある?」
「10…」
「安定化させるのには苦労したがね。これで量産も可能じゃ。プレスでも繊維化でも好きにできるぞ。もうわかっとるじゃろう。こいつの結晶配列を制御しながら形成すれば、好きに光を操ることができる。もう、最初の応用デバイスの基礎設計は完成しておる」
「何を開発中なんですか?」

現実の足場が揺らぐようなめまい感の中で、あえぐように四谷は訪ねた。飯田橋は箱の中のゆがみを見ながら、にこりともせずに答えた。

「全人類の夢。ご婦人の服が透けて見える眼鏡じゃ」