シャーマニズムとしての犯人捜し

昔読んだシャーマニズムの本に、おもしろい実例が掲載されていたことを覚えています。

ある部族では、シャーマンが死ぬと、若者達が次々に精神の平衡を失っていった。その集団ヒステリーは、次のシャーマンが現れるまで続いた。

シャーマニズムとは未開の部族の原始信仰の形態に過ぎない、という浅薄な立場だと、この実例は実にショッキングです。フィールドで採取された事例を信じる限り、超自然的な力がシャーマンによって行使されているかのように思えるからです。シャーマニズムとは集団心理だという事を受け入れて、初めて上の事例は平静な気持ちで受け取ることのできる現象になります。
日本人は犯人捜しが好きです。
事故があると、一番問題になるのは「次に起きないようにするにはどうすればいいか」ではなく、犯人捜しです。誰が悪いかを決める。だから、メディアは事故が起きると目をさらにして「悪い奴」を探します。見つけ出すと、謝罪を求め、その映像を公開処刑ショーとして放送します。
総理大臣は死地で働いている人々に対して「撤退したらつぶすぞ」と、およそ民主国家ではあり得ぬ"Stand or Die"命令を発し、大臣は自分の指揮系統にない消防士を「処分するぞ」と恫喝します。
日本はいつまで経ってもこんな感じです。当たり前です。だって、これが日本のシャーマニズムですから。日本人は犯人が決まらないと不安なんですよ。決まったらそいつを叩き殺さないと不安なんですよ。そんな国民が選んだ大臣だから、激励なんかするはずがない。お前が悪い!と指さして国民の名の下につるし上げを行う。当たり前です。こんなの民度を反映してるだけです。
シャーマニズムにおいて、シャーマンには集団におけるつまはじき者がなることが多いそうです。未開の部族では、それはコミュニケーション能力に欠けたり、心身に障害を抱えている個人であることが多いとか。
つまはじきにするべき者を探し出して指弾するまで落ち着かない。つるし上げが終わったら、問題が解決してなくてもとりあえず安心して忘れる。こりゃ、民度が低いどころか日本の病理は未開の烙印を押されても仕方がないですな。