前線で働いている君に

正直、弟とは仲がいいとは言えない。
よその家で兄弟で話をする、なんて事を聞いても具体的な姿として想像できない。私と弟はあまりにも何かが違っているように思う。私は弟の、父や私に対する接し方をよしとしないし、彼は彼で私に対して何か壁を感じているだろうと思う。
おそらく、第三者から見たらどうしようもなく些細な壁だろうけど。
先週末、珍しく電話がかかってきた。
「無事ですか」
そういう内容だった。兄弟なのに弟は私に敬語を使うことがある。そのくらい距離がある。
「ああ、おかげさんで皆無事や。わざわざすまんな。今、どこにおるんや」
百里にきちょる」
軽く電気が体を走った。
そりゃそうだ。というか、頭の隅ではそうなるだろうなと思っていたのだ。航空自衛隊でヘリコプターの整備部隊に勤務している弟は、ヘリ部隊が作戦に投入されるならどこにでもついて行くはずだ。「いやー、大変だったよ」などとくつろぎながら週末を過ごしている兄をよそに、弟は非常呼集をうけ、がたがたになった東北を救う一員として前線に近づきつつあった。
「そうでしたか」
妙な話だと思う。電話のこちら側の背筋が伸びて、いきなり自分でもわかるくらい声に張りがでた。おまけに弟に対して敬語である。
こちらの気分の変化が伝わったのだろうか、心持ち、弟の声にも気持ちの良い緊張が走ったように思う。我々兄弟はいくつか言葉を交わした後、電話越しに、21世紀の日本らしからぬ礼儀正しい言葉で短い会話を終えた。
「体に気をつけて、がんばってください」
「ありがとうございます」
今日、タンデムローターのバートルが巨大なバケツに水を満たして離陸する映像を見た。今日は中止になったが、明日、彼らは放射線に満ちた空を原子炉の真上まで飛んでいくのかもしれない。私が知る限り、弟の部隊が整備するのはあの機種ではないはずである。だが、それは問題ではない。災害時、ヘリコプターのパイロットは神経を張り詰めさせたまま、ひっきりなしに舞い込むミッションをこなしていく。帰ってくるたびに弟達の部隊がエンジンに、操縦系にと取りかかって、常に最善の能力を出せるよう整備する。
すさまじい地震津波だった。死者は数知れない。今このときも死んでいく人々が居るのだろう。一方で、自衛隊や、消防や、警察や、各国からの救援部隊が懸命に手をさしのべている。救助された人の数は万を超えると聞く。
あの電話で、どうしてあんな風に敬語を使ったのか。この何日か、時折思い出しては考えた。いつものように、かっこつけたかっただけかもしれない。
でもまぁ、君に感謝し、応援している人がいる事を知って欲しかったってのも、少しある気がするのだよ。一番近い国民として。