竹宮ゆゆこ「ゴールデンタイム」

とらドラ!』『私たちの田村君』の竹宮ゆゆこの最新作『ゴールデンタイム』をようやく入手して読了しました。発売と同時に町から姿を消し、あちこち本屋で探すも無駄足、結局amazonからの購入です。
連作だった「私たちの田村くん」を除くと長編第二作となるわけですが、今回は全二つのようなさわやかさに少し欠けます。私は読後はっきりと「面白い!」と思いましたが、竹宮作品に思い入れのない人が最初に読む一冊としては、まだおすすめしかねます。
以下、ひどいネタばれを含みますので未読の方はここで引き返してください。

新しい器、古い酒

いきなり少々ネガティブですが、読んでいる間に感じたのは「同じようなキャラクターで違う物語を組もうとしている」ということです。
主人公の一人は幾分引っ込み思案のくせに、弱っているヒロインをほっておけず、よせばいいのについつい声をかけてしまいます。『とらドラ!』の高須竜児や『私たちの田村くん』の田村雪貞のようです。一方でヒロインの一人である加賀香子の「完全形」は、まるで『とらドラ!』の川嶋亜美の外づらに逢坂大河の頑固さをトッピングしたかのように見えます。服装に関する細かい描写や独特のネタのちりばめ方なども今まで通りで、読中、なんども登場人物に既視感があったことは書いておかなければなりません。
ただ、話の枠組みには大きな違いがあります。カバー折り返しにははっきりと「ラブコメ」と書かれているのですが、これまでの2作にあった明るさがこの作品には希薄です。もちろん、素っ頓狂な加賀香子を中心としたドタバタコメディはあるにはあります。しかし、基本的にそれは彼女の、失恋へと滑り落ちていく過程の一つでしかありません。主人公の多田万里(ただばんり)に至っては最初から暗い空気をまとっています。そして、これは今までの作品にはなかったことですが、この作品には超常現象的な要素が組み込まれています。

ゼロサムゲーム

以前『わたしたちの田村くん』を紹介したときに、私は「ヒロインたちが恋愛をゼロサムゲームととらえている」と書きました。それは『とらドラ!』でも同じです。田村君や高須竜児を巡る女の子たちは、はっきりと勝者は一人だけだと理解しており、それゆえ、敗者は声をあげて泣くか歯を食いしばって耐えることを強いられます。
この作品でも作者は同じようなヒロインたちを用意しているようです。ただ、舞台仕掛けがずいぶん違います。
ヒロインの一人である加賀香子は、最初万里の友達である柳澤しか眼中にない女でした。それ以外の人間など無色透明にしか見えていません。しかし、物語後半で彼女は主人公に向かって「消えてなくなったりしないでくれ」と言います。
主人公は記憶喪失を患っており、それに至った事故の前と後ろで変わってしまった自分に周囲が当惑する様子を複雑な思いで見ています。それを彼は「それじゃない」感と呼びます。記憶をなくした彼に、周囲の人は「記憶を取り戻してくれ」と願っていますが、それは彼にとって、今の自分に消えてくれと願っていることと同意です。彼は自分が消えてなくなることでしか、かつて自分と親しかった人の願いに報いることはできないかもしれないと思っています。そんな彼に香子は少なくとも自分は違う、消えてなくならないでくれと言います。そんな彼女に主人公は思いを寄せ、短くてもいいから彼女と輝かしい時間を過ごしたいと願います。
一方で、物語の随所で匂わされていた通り、林田先輩はどうやら主人公の高校時代の陸上部の副部長だったようで、おそらくは彼女にとっての輝かしい時間は主人公が記憶を失うとともに終わっています。しかし、彼女は主人公の志望校に一足先に進学して、高校時代のあだ名をそのまま名乗り、先輩として主人公と、彼が記憶を取り戻す時を待っています。そして、それはすでに書いたように「今」の主人公が消えてしまうことです。
柳澤に振られて傷心している香子と主人公にとっての輝かしい時間ゴールデンタイム は、林田先輩と失われた記憶としての主人公にとってのそれと、まったく折り合いません。それは香子と林田先輩のいずれかが勝つかというゼロサム・ゲームであるだけではなく、すでに消えてしまった主人公と、今の主人公のいずれが生き残るかというゼロサム・ゲームでもあります。
竹宮が用意したラブコメの舞台は、これまでの二つの作品よりはるかに残酷な形をしています。

「起」

ゴールデンタイムの1巻は、非常に歯切れの悪い終わり方をしています。そこには一冊の小説としてまとまった起承転結が与える、さっぱりした読後感がありません。それはおそらく、この一冊が、これから苦しくなる物語の「起」であるからだと思います。この一冊を使って、竹宮はようやく舞台装置と登場人物の紹介を行っただけです。そして、はっきりと、これはつらい話になると宣言しているように私には思います。
「岡田」「加賀」「佐藤」「多田」「林田」「柳澤」と、あかさたなにちりばめられ、しかもやたら"A"の音で終わる登場人物たちの名字*1や、0,2,7,1000,10000と、やたら数字に関係ある彼らの名前、相変わらずの竹宮節もあって、ファンには先が楽しみな一冊になっています。

*1:主人公の隣人らしいNANAの姓名は不明。ひょっとするとNANAは名字からとっているかも