図書館と桜桃

なんだか妙に文学的なタイトルになりました。
最近流れた二つのニュース、嫌な感じの類似点があるような気がしてなりません。

2010年5月25日、愛知県在住の男性が岡崎市立中央図書館の新着図書データベースに大量アクセスを繰り返したとして、偽計業務妨害の疑いで逮捕されました。その逮捕が報じられた直後から、Web技術に詳しいエンジニアを中心に、ネット上では疑問の声がやみません。この「岡崎市立中央図書館事件」、通称“librahack事件”は、一体何が問題視されているのでしょうか?

生産量日本一のサクランボにあやかって山形県東根市が来年4月に新設する「さくらんぼ小学校」と同名のアダルトサイトが存在することが分かり、同市に校名再考などを求める声が寄せられている。

前者は「不具合のあるシステムをアクセスした結果、システムに発生した問題をアクセスした側の責任にされ、逮捕、拘留された」という恐るべき事件(逮捕された利用者が後日設立したサイト名をとって、Librahack事件と呼ばれる)で、後者は同人18禁美少女ゲームソフト制作サークルと同名の小学校を作ろうとした山形県東根市が「俺たちは悪くない」と言い張った事件です。
Librahack事件の被害者である利用者は、その後起訴猶予になりましたが、8月も終わりになって図書館の館長が「アクセスに違法性が無いことは知っていたが、我々に了解を得ずにアクセスするプログラムを作ったこととが問題」という、恐るべきコメントを発しました。何ら法を犯していない市民が拘留されていることを知っていながら、自らの権威を誇示するために沈黙を守っていたわけです。
さくらんぼ小学校事件では、ネット上での検索を怠って置きながら、同名のサイトがあることが発覚すると「校名を変えれば、かえってアダルトの世界を正当化することになる」という、でたらめなコメントを発しました*1。その後、市は校名を変更することにしました。

Librahack事件の関係者たち

Librahack事件については朝日新聞の取材で身の毛もよだつような事実が明らかになっています。

つまり、

  • 県警は何がDOS攻撃で何がクロールなのか理解しないまま逮捕、拘留した
  • 三菱電機インフォメーションシステムズは、問題があるソフトを納入し、アップデートしないまま使わせていた。事件直後から原因を把握していたが、口をつぐんでいた

愛知県警のだらしなさも恐るべきものがありますが、三菱電機インフォメーションシステムのほっかむりにも開いた口がふさがりません。両者のコメントは「俺は悪くない」「コメントしたくない」

さくらんぼ小学校事件の関係者たち

こちらについては昨年12月に新しい小学校の名前を「さくらんぼ小学校にする」と公募で決めた際、ネット上で問題のあるサイトとぶつからないかチェックしなかったことが最大の問題です。そんなチェック、やって当たり前だろう!という常識は通用しません。そして、小学校の校名公表後に送られてきた「名前がかぶっているから変えてくれ」というメールを無視し続けます
あげくの果て、さんざん意地を張り通した後、山形県東根市は「ネット社会の力の大きさを改めて知った。児童の安全、安心を担保できない」と、さも自分たちが正しいような顔をして校名の変更を決定します。

無誤謬神話を貫くために市民を犠牲にする

二つの事件に共通するのは、自らの無誤謬性を貫くために平気で個人を踏みにじる組織です。
まずLibrahack事件

  • 図書館は逮捕された利用者は犯罪を犯していないことを知っていたが、(おそらくは)自分たちが劣悪なソフトを運用していることを公表したくなくて、口をつぐんだ。
  • 愛知県警はDOS攻撃とクロールの違いすらわからない素人だったが、(おそらくは)それを認めたくなくて捜査に問題はないと主張している。
  • 三菱電機インフォメーションシステムは、これが犯罪ではないことを知っていたが、(おそらくは)自分たちが問題のあるプログラムを納入して放置していたことを公表したくなくて口をつぐんでいた。

そしてさくらんぼ小学校事件

  • 山形県東根市は、小学校としては風変わりなネーミング*2を行った際、問題のあるサイトとぶつかっていないか検証をしなかったが、(おそらくは)自分たちの非を認めたくないがために、「アダルトサイトは認められない」、「ネットは怖い」、「交通事故で言えば我々は被害者」と主張し続けた

一方で被害者たちは

加害者が彼らのような鉄面皮だったというだけならば、私もわざわざブログに書こうとは思わなかったでしょう。日本社会には十分絶望しています。しかし、両事件の被害者の行動が何とも言えない感情を胸の中に呼び起こしました。

逮捕されたことについて不満はございません。

限られた予算(税金)で運営されている公共施設のサービスに、大手企業のサービスと同じような感覚でアクセスしてしまった、
相手サーバのパフォーマンスを自分勝手に予測し、レスポンスに気を配らなかった、
相手サーバからのレスポンスHTTP500を細かくハンドリングせず単にスキップだけしていた、
固定IPのレンタルサーバ(3月14日から3月31日、cronで起動)と、プロバイダより割り振られるIPの自宅や実家(4月2日から4月15日、Thinkpadを持ち運んで自宅と実家から手動で、日毎にどちらか一方から)、合計3カ所からアクセスしていた、
などなど私に配慮が足りないことが多かったからです。

岡崎市立中央図書館ご利用者の皆様、並びに関係各位の皆様に大変なご迷惑をお掛けしました事、深くお詫び申し上げます。

取り調べ中に私が発する聞き慣れないコンピュータ用語をわかりやすい調書にして、不起訴処分(起訴猶予処分)にしていただいた警察や検察の方々には感謝しています。

今後このようなことが二度とありませんよう、プログラムの設計には細心の注意を払い、再発防止に万全を期す所存でございます。

サークル『私立さくらんぼ小学校』は2002年12月にデビューして以来、ファンの皆様よりご支援を賜り、8年間の活動の中で、19タイトルの作品をリリースしてまいりました。平素よりご愛顧くださるファンの皆様にはこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
今回の件につきましては、実在の児童が関わる問題でございますゆえ、慎重に対応していきたい所存です。それにともないまして、インタビューの類はすべてお断りさせていただいております。ご要望に応じられず誠に申し訳ございません。
なお、今後の対応といたしまして、先方様の学校のご意志が変わらぬようでございましたら、児童の安全を配慮し、サークル名の変更を視野に入れることも考慮しております。(子供や保護者の方々を不安にしてまで、名称を貫こうとは思っておりません)
願わくば、私どもおよびファンの方々を、そっとしておいていただければ幸甚でございます。何卒ご容赦のほどお願い申し上げます。

この気分をなんと表せばいいのでしょう。私は彼らに対してああだこうだ言う立場にはありませんし、言うつもりもありません。
これから道を歩いて肩がぶつかった相手が市の教育委員会や、図書館や、企業であったとき、何ひとつあらがえずにすりつぶされてしまい、ただ頭を低くして謝るしかない世の中が来たんだなぁと、そんなことを思います。

*1:この事件は「アダルトサイトとは何か」という別の問題も提起していると思う

*2:こういったネーミングに対する私の意見は、別エントリにあります http://d.hatena.ne.jp/suikan/20050219/p4

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