22 四畳半神話大系

夜は短し歩けよ乙女」の作者の長編。

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)

主人公は京都の某大学三年生。大望を抱いて進学したものの、何を誤ったかおかしなサークルに入ってしまい、悪い友達に捕まり、サークル内で孤立して恋愛テロを繰り広げた挙句、勉学でも生活でも著しく堕落してしまいます。
何が悪かったのか。
悪かったとして改める気持ちもない主人公は、無駄に高い知性と硬質な文体による心底どうでもいい独白を延々と続けます。しかしながら、自称神様と悪友の助けにより、ついには黒髪の乙女との恋を実らせる事ができたのでした。めでたし、めでたし。
これが四編収められている中編のうちの一編目です。しかし二編目を読み始めると読者は当惑してしまいます。なぜなら一編目と同じ出だしだからです。当惑は読むうちに次第に深くなります。同じ登場人物がわずかに異なる役回りを演じ、所々に現れる同じ文章を交えて物語は大きく異なるストーリーを紡ぎます。
三編目も同じ出だし、同じ登場人物、異なる物語です。
これは何でしょうか。作者が一筋縄ではいかない人物だということは、「夜は短し」でよく分かっています。ではこの作者は長編一作目とされるこの小説で何をしたかったのでしょうか。
ひょっとして、同じ枠組みで四つプロットを作り、結局四作書いたあと編集にすべてをまかせたのでしょうか。それが編集の気まぐれで全部掲載されたとか。
あるいは、もっと実験的な小説なのでしょうか。巻末をめくると単行本は太田出版から出たとあります。太田出版といえば、奇書「超クソゲー」。同書で解説されていた「ときめきメモリアル」同様、同じ人物による複数のエピソードを異なる組み合わせで串刺しにすることで、多彩な小説を作ることができることを証明しようとしたのでしょうか。三編目まで読み終わった後,そんなことを考えました。
間違っていました。
印象はこれまでと同じ出だしで始まる四編目で一変します。ストーリーはいきなりファンタジーになります。そのくせ、ところどころにハードSF的な記述を臭わせる展開。
中編が四編収められていると思っていた本は実は正真正銘の長編であり、読者は最初の三編は最終章を読むための助走に過ぎなかったと思い知らされることになります。それまで所々にさりげなくちりばめられていた小さな謎はすべて伏線として回収され、悪友の不気味な言葉が言葉のあやではなく超自然的真実であるとあかされます。
なんたる奇書。
おすすめです。
夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女

超クソゲー (QJブックス (03))

超クソゲー (QJブックス (03))

ああ、でもこれも「おもしろかった、って言わないと頭が悪いみたいじゃないですか」と「さよなら絶望先生」で揶揄されそうな小説だな。