9-21 剣客商売 3-7, 9-16

ページをめくる指を止めることもできないまま全巻読んだ挙句にこんなことを書くのもどうかと思うのですが、良くも悪くも大衆小説でした。
友達に「どうだ」と聞かれたら素直には薦められないです。

浮沈 (新潮文庫―剣客商売)

浮沈 (新潮文庫―剣客商売)

剣客商売」は池波正太郎の代表作の一つであり、長期に渡って時系列順に発表された短篇群です。
主人公の老剣客、秋山小太郎を中心にそれを取り巻く人々が作り出す物語が各短篇で語られる構成です。が、小説として見た場合、非常に居心地の悪い面がこの作品はあります。それは、秋山小太郎以外の人物が薄いことです。
こんなことを書くと多くのファンから罵声が飛んできそうです。しかし、作品も後期になるとその点はまったく否定のしようがなくなり、ほとんどの人物は小太郎の代弁者以上の役割を与えられなくなっていきます。最初の頃こそ人物としてきちんと描写されていた長男の秋山大治郎など、後半は実にぞんざいに扱われています。
こういった薄っぺらさが典型的に出ているのがシリーズ初長編「春の嵐」です。このエピソードでは謎の男が小太郎の長男大治郎の名を騙って大名屋敷を襲撃します。その裏には醜怪な権力闘争があるという筋書きですが、なんというか、剣豪小説としてもミステリとしても、とても残念な作品でした。ミステリとして見ると、犯人がいちいち「秋山大治郎」と名乗って居るのが噴飯物です。罪をなすりつけて混乱させるのなら、名乗るのではなく痕跡を「うっかり」残すべきですが、毎度毎度名乗るので子供が見ても「そりゃ大治郎じゃないよね」と、すぐ分かります。結果的に大治郎の危機も大したことはなく、まったくはらはらしません。
おまけに結末があんまりです。この小説では冒頭から秋山大治郎に無実の罪の嫌疑がかかります。剣客が汚名を着せられたら、その汚名を自らの剣で雪いでこその剣豪小説のはずですが、呆れたことに彼は親に言われるままおとなしく自宅で待機しており、あっさり小太郎のじいさんが解決してしまいます。
返せ。俺のカタルシスを返せ。
小太郎を天狗のように強く描いていたことが、この小説の広がりに制限を与えてしまっています。雑魚をバッサバッサと斬るシーンは痛快ですが、読んでいてドキドキするシーンはありません。そりゃそうです。天狗にかなう剣客などいるはずがありません。その結果が「二十番斬り」のがっかりする結末です。
作者の「読ませる力」には疑いをはさむ余地はなく、それこそ読むのを止める事ができないほどです。それだけにシリーズとして見たときには「なんだかなぁ」と思う点が多々あります。
このシリーズには「徳どん、逃げろ」「秘密」「逃げる人」など、よくできた作品がいくつもあります。その点はおすすめなのですが。