池波と藤沢の小説を肴に親父と呑んだ

母親の回復具合を見に帰省しました。二歩進んで一歩下がるような具合ですが、幸いにもよい方向に向かっています。
さて、帰省するときには普段呑まないようないい酒を持って帰ります。で、いい気分になったところでなぜか話は池波正太郎に。つづいて藤沢周平と並べて読んだと話すと、二人の小説を肴に盛り上がりました。
本棚に時代小説をズラリと並べていた親父と、たった一冊ずつしか読んでない私が話をするなど自殺行為です。が、それでうまい肴を手放せるほど人間はできていません。
わははと二人で盛り上がった中で出来上がった結論らしきものがありまして、概ね私が感じたものそのものでした。

  • 池波の「剣客稼業」の明るさは、「江戸時代の江戸」という、文化的、経済的に豊かだった時代と土地が背景にある。主人公は金に困っておらず、悠々と人生を楽しんでいる。藤沢の剣豪小説の暗さは江戸ではない地域の文化的、経済的閉塞感が背景にある。主人公達のかなりが経済的に恵まれていない。経済的に恵まれている場合、より大きな不幸を背負っている。
  • 池波の「剣客稼業」は「俺は剣客だからいざというときも安全だぜ」。藤沢の剣豪諸説は剣豪であることの重さが描かれていることが多い。
  • 池波の小説では、失敗や欠点も本人が認めさえすれば「人間的なおおらかさ」で許される。藤沢の小説の主人公達は、小さな失敗が原因で死の縁に立たされる。

だから何、と言う話です。おいしい肴でした。