木村カエレの「プライベイトレッスン」がエッシャーだらけ

先日放送された「懺・さよなら絶望先生」12話。おまけエンディングは木村カエレ小林ゆう)の「プライベイトレッスン」でした。この時の映像がエッシャーだらけです。昔エッシャーがらみの本を読みまくった身としては捨てておけないので、元ネタとなった作品の説明を書いておくことにしました。紹介は映像の流れる順番です。日本語の作品名は甲賀コレクションのカタログに従いました*1
エッシャーの作品は日本では「だまし絵」の一言で片付けられることが多いです。が、その中に含まれる、変化、図と地、周期性、対称性、無限、極限などの美しい概念をトリックアートとして済ますのは浅薄の極みと言えます。みんなこれを読んで絶望先生からエッシャーポロロッカしてください。

魚に覆われた球の表面 1958

これより見やすい画像が後で現れるので説明はそちらにまわします。

昼と夜 1938

おそらく一番有名な作品の一つです。画面左側が昼、右側が夜です。双方の形が鏡面のように対称になっているだけでなく、色が白黒対称になっており、さらに片方から他方に視線を移すと図と地が入れ替わります。また、下から上へ視線を動かすと、農地が鳥に変わります。
エッシャーの一風変わった作品の中では比較的早い時期の物ですが、変容や対称といった彼の作品の特徴の一つが既に完成された形で提示されています。

魚で覆われた球の表面 1958

球の表面に絵をマッピングしたイメージです。図と地である白と黒の魚がらせんを描きながら球の極から泳ぎだしています。極付近では魚の大きさは0に近づき、結果的に密度が無限大に向かいます。比較的後期の作品で、同時期の作品に多い「極限と発散」のモチーフを見ることが出来ます。

深み 1955

オリジナルはトビウオと思われる魚が羽を広げて飛ぶ様子ですが、このキャプチャ画像では「さよなら絶望先生」に毎回登場するコウノトリになっています。格子状にきれいに並んだトビウオが極端な遠近感を作り出す作品ですが、このキャプチャ画像ではそれほどでもありません。あるいは「深み」がモデルではないのかもしれません。

円の極限IV(天国と地獄) 1960?

オリジナルとなったエッシャーの作品では、黒い悪魔がポーズを取っていますが、地には白い天使が描かれています。このキャプチャ画像では地までは生かせなかったようです。円の極限というタイトル通り、この頃のエッシャーは円や正方形を中心から同じパターンの大きさを変えながら埋めることで、周辺に向かうにつれて分割数が無限大になるような作品をいくつか作っています。
このモチーフによる緻密な作品は晩年の作品「蛇」で頂点に達します。

帯 1955

男性の顔を宙に浮かぶ帯で形作った作品。男性と女性の顔を形作った「婚姻の絆」は翌年の作品です。

ローマの聖ピーター寺院 1935

極端な視点からの光景にエッシャーが早い時期から興味を持っていたことがわかる作品です。オリジナル作品は圧倒的なテクスチャを誇ります。この頃までエッシャーはローマに住んでいましたが、ファシズムの台頭によりイタリアを離れることになります。

相関性 1953

英語タイトルはRelativityなので、相対性と訳した方が良いかも。エッシャー作品の一部を切り出して視点を少し回転させているようです。
元になった作品は後で出てくる「上と下」よりラディカルです。「上と下」が作品の上半分、下半分がそれぞれ筋の通った世界として成立しているのに対して、「相関性」ではものすごく小さな領域でだけ筋が通っていて、中間的な絵はぐちゃぐちゃです。なのに全体的に見るときちんと遠近法が成立しているように見える不思議な絵です。

立方体による空間分割 1952

エッシャーによる作品は先に紹介した「深み」同様に3次元空間を立体格子で表した物です。この画像はズームしているのでイメージを掴みにくいのですが、元作品は一目見てXYZ3軸方向に無限の広がりを持つとわかります。

水溜まり 1952

これを選んだセンスはなかなか。ウッドカット。
地面と、水面に映った木立は鉛直方向の奥行きが逆転しています。それにくわえて平面である地面の轍にはこれでもかと凹凸を表すテクスチャが施されているのに、3次元の奥行きが深い木立は、平板な絵として水面に描かれています。何のトリックもない日常描写でありながら、よく見ると極端な逆転が描かれている興味深い作品です。

蛇足ですが、カエレ先生逆さ吊り食らってますよ。

他の世界 1947

ちょっと訳がぎごちないですね。英語だとOther world。月面らしき場所にテラスが置かれ、そこに妙な鳥が居ます。この絵では久米田の「うろ覚えペンギン」ですが、オリジナルでは人面の非常に不気味な鳥が配置されています。鳥は1934年の「球面鏡のある静物画」に現れる静物と同じだと思われます。
1947年ですから、当然ながら月面探査は行われていません。大型望遠鏡による写真を参考にしたのでしょう。当時世界最大の望遠鏡はウィルソン山の2.5m望遠鏡で、ハッブルが宇宙膨張の確証を得た望遠鏡です。この作品の翌年1948年にパロマー山の5m望遠鏡がファースト・ライトを迎えます。

描く手 1948

絵から抜け出した二つの手がお互いを描いています。片方を描くためには他方が機能していなければなりませんが、そのためには初めの手を描き終わっていなければなりません。相互再帰的定義。「ヤギさんの手紙」のエッシャー版です。
このモチーフはApple社の"Human Interface Guidline"初版でも使われました。ただし、手が持っていたのはマウス。

上と下 1947

上下に長い作品です。吹き抜けの家を上から魚眼レンズで撮影したような作品なのですが、なぜか上半分も下半分も、ちゃんと上を向いています。本当に魚眼レンズで撮影したなら下半分は逆さまになるはず。

波紋 1950

水面に映った樹木を波紋が揺らす様を描写した作品です。

メタモルフォシス II 1940

キャプチャ画面の床部分は、「昼と夜」の前年、1937年に作成された「メタモルフォシス」の拡張作品である、「メタモルフォシスII」です。後にこの作品は更に拡張され、ハーグの郵便局を飾ることになります。
メタモルフォシスIIは極端な横長で、右から左へと目をやると幾何学模様から生物、図から地へと次々に模様が変容していくドラマチックな作品です。

おすすめ解説本

エッシャーの作品の特徴は空間に対する特異な感覚に加えて、すさまじいばかりの緻密な技巧にあります。特に木版のテクスチャは息を呑むほどです。アニメののっぺりした絵はその輪郭をなぞるのが精一杯で、到底オリジナルに近いとはいえません。是非、何らかの形でエッシャーの作品に触れてみてください。
エッシャーの解説本は平易な物から結晶学の本まで多岐にわたりますが、値段といい、内容の広さ、バランスといい、この本で決まりでしょう。
表紙は晩年の傑作「蛇」です。

エッシャーの宇宙

エッシャーの宇宙

*1:「ローマの聖ピーター寺院」を除く