44 マイナス・ゼロ

タイムマシンものの割と古いSF。

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

タイムマシンもののSFにはいくつかの定型があります。詳しく知りたければニーヴンの短編集「無常の月」の「タイム・トラベルの理論と実際」を読むといいでしょう。
「マイナス・ゼロ」は

  • 過去に旅行可能
  • 過去に干渉可能

です。歴史が慣性を持つってのは、ニーヴンは挙げてましたっけ?
定型があるということは、いくつものお約束があるということです。上にあげた型ならば、過去に行った人は未来への干渉を気にするでしょうし、あるいは未来で会った人が実は後に過去でも会う人だったとか*1。あるいはあれとか、これとか。SFズレした読者の多くはそういうお約束をいくつも知っています。ですから、そういった読者をどう納得させるかが作者の腕の見せ所です。
この作品の作者がそれに成功しているかというと、ちょっと首をかしげます。型破りな感じはしませんでした。全体的にはタイムマシンもののSFというよりファンタジーですね。
が。
中盤、痛快でした。なにが面白いって、昭和初期の町や人々の様子が細かに書いてあるのです。発表が1970(昭和45年)年。すでに50年前です。舞台は昭和20年、昭和38年、昭和7年。発表時、まだ世界はムーアの法則にかき回されていませんから、小説の内容としてはほぼリアルタイムの現在から過去を振り返る作品になります*2
この作品の「現代」はちょうど私が生まれる前の年です。高度成長ど真ん中。小倉、八幡、戸畑、門司、若松の五市合併により、九州に巨大工業都市が誕生した年。翌年、東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催されます。
昭和ひとけた生まれの父親をもつ私にとって、主人公がスリップしていく先はまさに父親が生まれる時代です。その頃の銀座の風景が正しく描写されているかどうか知るすべなど有りませんが、それでも強い関心を持って読むことが出来ました。
特に私にとって興味深かったのは、無線技術関係の描写が多かったことです。

説明書は英語だったが、配線図がついていた。敏夫はそれを見て、唸ってしまった。ラジオのチューナー部分は、なんと高周波増幅五段!スーパーにしなかったのは音質を考えてのことだろうが、戦後の技術者なんかには、とても出来る芸当ではない。その割に低周波部分が、ごく普通のA級増幅であるところを見ると、RCAの技術者たちは…

小説読んで、「萌え死ぬ」と思ったのは初めてです。いや、いっそ蕩れ死ぬかも。ニヤニヤが止まりませんでした。
ほかにも

ライカはC型が出ていた。エルマーF3.5付きで四百円の正札がいている。

とか

あまり凝ってもはじまらないので、224,227,236,245,280というごくオーソドックスな物にした。これで、国産の六インチのダイナミック・スピーカを駆動させるのである。

など、技術史に目を通したことのある人にはたまらない描写がおおく現れます。
タイムマシン物のSFとしてはちょっと首をひねりますが、見たことのないノスタルジーに浸ることのできる一冊としてなかなかのお奨めです。

*1:タイムマシンが実現したら、言語の時制を拡張しなければならない。って話もニーヴンがしている

*2:作品中、「ひろせただし」少年がカメオ出演する