解放者

ふと目を遣った本屋の平台に山積みされている真っ赤な本。軽快なポップにはこうありました。
「今、なぜか売れてます」

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

蟹工船というと、日本を代表するプロレタリアート文学です。という薀蓄は国語の教科書と社会の教科書で覚えました。私は推薦図書の類は読まないので、この本もご他聞に漏れずこれまで手に取ったこともありませんでした。しかしながら、今となっては懐かしさすら覚える、赤地にカマトンカチのイラスト。今売れているということに幾分不気味さを感じながら買い求めました。読んでびっくり。
反体制の決起を促す檄文じゃないですか。
教科書では劣悪な環境での作業を強いられる労働者達の姿を綴った作品、てな紹介をされていたように覚えています。が、読んでみれば何のことはない、劣悪な環境の中でじりじりと燃え上がってくる階級意識を描いた小説です。労働者ではなく、闘争する階級が育つ姿が主体の小説です。よくまぁ、文部省がこんな本推薦するよなぁとわが国の事ながらあまりの開明具合に驚く次第。がしかし、この本のメインディッシュは蟹工船ではありません。
党生活者。この作品のことはこれまで聞いたことはありませんでした。「蟹工船」は学のない労働者の中から自然発生的に湧き上がる階級闘争意識を描いた作品です。が、「党生活者」の主人公は活動家です。非合法結社である「党」の一員として労働者を搾取する工場にもぐりこみ、機を捉えて資本家の悪行を暴き、労働者を扇動するのが主人公の任務です。赤化を恐れて目を光らせる警察から隠れ、極秘に隣接細胞の党員と通信をとる毎日。洗練された文章もあって、現代ミステリ小説かと錯覚するほどですが、書かれたのは80年も前。堂々たる古典です。
作者の活動をもとに書かれたとされる作品ですが、作者の小林多喜二特高警察に逮捕され、その日に殺されたと言う史実もあって、恐ろしいほどの緊張感を読むものに強いてきます。しかし、この作品、後半からさらに息苦しくなってきます。前半は主人公の活動の概略が描かれるのですが、後半になって主人公、つまりは作者自身の価値観があちこちに披露されるようになります。作者は虐げられた労働者を資本家から解放するためにその人生をなげうって活動に専念しています。その価値観は、労働者の解放こそが価値あることであり、そのためにはすべての人間が党の活動に理解を示し、自分の生活をなげうつべきだという方向に傾斜していきます。
主人公が崇高だとするのは全体主義となんら変わらないものです。
もちろん、すべての組織的闘争は全体主義的な色を帯びています。それはクラブ活動から始まって会社働き、警察、消防、軍隊、すべてにいえることです。ましてや、資本家とがっちり手を組んで膨張主義にまい進する国家と対峙する地下組織が、全体主義的になるのは仕方の無いことでしょう。しかしながら、その後の社会主義国家がまっしぐらに全体主義に進んだこと、その全体主義と戦うために「自由の国」アメリカが行った赤狩りなどの弾圧を考えると、解放とは何なのか、むなしくなってしまいます。
読後感がすっきりしませんが、特に「党生活者」はお勧めです。