久々にソースコードネタ

「ぐじゃぐじゃ長いプログラム書いて喜んでんじゃねぇよ、ボケ」という。disり。

本質的でない事柄に関する記述があったときに、スクリプト言語屋は「めんどくさい」と感じ、Java 屋はそれを感じないか、または「これは必要な冗長性だ」と本気で思い込んでいる。

例示されている事柄はちょっと偏っていると思われましたので、改変してみます。

本質的な事柄に関する記述であっても、スクリプト言語屋は「めんどくさい」と本気で思い込み、Java 屋はそれを感じないか、または「これは必要な冗長性だ」と感じている。

「屋」でくくれるのでしょうか。個人的な好き嫌いでしか無いと思いますが。printみたいに一般的な識別子をぽんと裸で使う無神経さとは少し距離を置きたいです。組み込み「屋」でしたが、アセンブリ言語であってもネームスペース管理がほしいと思う日々でした。それを感じなくなったのは、アセンブリ言語で書くプログラムがCのルーチンでしか無くなったからです。大域の名前を使わなくなってはじめて名前空間はいらなくなりました。
readablityがプログラム・ソースのバイト数の逆数であるならば、この方の主張にもうなづけます。が、長期にわたって不特定の人々から使われるコードのReadabiltyとは、定義や解説の特定のしやすさと直結していなければならないと思ってます。私は冗長なことを書いてわかりやすくなるなら喜んで冗長な事を書きます。
昔読んだbit誌の記事を思い出しました。もういつの記事だったか、誰が書いたかすら思い出せませんが。

xx先生は「プリンタ用紙一枚に納まるから電車で読みやすい」というただそれだけの理由で、ソースのインデントを全部とっぱらってプログラムをぎっちり詰めて印刷している。頭のいい人はそうやってどうぞ能力を浪費してもらいたい。

私は自分のプログラムですら暗記していませんから、見れば定義位置がわかる冗長な記述を心がけています。なかなか思うようには行きませんが。