文明を離れて

あまり手記というものを読みません。特に理由はないのですが食指が動かないとしか言いようがないです。そのせいかどうか、私小説という分野も一向に手が伸びません。いや、私の場合小説そのものにあまり関心がないですが。
ということは、この本を買ったのは気の迷いなのでしょう。

雪豹 (ハヤカワ文庫NF―ライフ・イズ・ワンダフル・シリーズ)

雪豹 (ハヤカワ文庫NF―ライフ・イズ・ワンダフル・シリーズ)

身も蓋もない言い方をすれば、筆者は禅かぶれのアメリカ人です。知り合いの動物学者に誘われてネパール奥地の内ドルポに居るヒマラヤアオヒツジの生態の調査に同行します。道中、死んだ妻の思い出というか、回想や後悔、文明に残してきたものとか文明から切り離されたものを思いつくままに書き綴ったのがこの本です。
あとがきで訳者が「ジャンルわけを拒絶する、いかにもやっかいな書物」と書いていますが、たぶんそれは筆者自身の人となりのせいでしょう。悪く言えば文明からドロップアウトしかかった人間。エネルギー文明、強いアメリカへの反動の空気の中で、麻薬や仏教に手を伸ばし、新たな生き方があるのではないかとあがいてみた人たちの中の一人。冒険家、ナチュラリストといえば聞こえがいいですが、現代的な社会の枠組みに居心地の悪さを感じ、半ば押し出されるように、半ば自発的に文明社会とその外の間を行ったりきたりする人生。それをそのまま書けば、構造主義的な分かりやすさを持った手記になるわけがありません。
それが、この本の奇妙な魅力でもあります。
はっきり言って繰り返し出てくる禅や仏教に関する記述は鬱陶しいのですが、一方でその仏教世界への強烈な指向が、何かに手の届きそうな、あるいは何に手を伸ばせばいいのか分からない筆者の無力感とも空虚なとも言えない、人生の迷子のような気持ちを強く印象付けます。そして、仏教への指向があってこそ、想像を絶するほど文明から遠いところにある内ドルポの寺院*1や人々の描写が生きてきます。そして何より、この手記が低いところで4000メートルをゆうに超える内ドルポの探検紀行であるということが、読む人の心を捕らえて離しません。
大きな文明を支えるだけの森林が存在しない地域に生まれ、そのまま一生を過ごす人たち、時間の流れの中で置いてきぼりを食らっているような寺院。そういった事物を見、書き留めていく作者と、それを混雑した通勤電車で読む自分の隔たりに奇妙な眩暈を感じずにはいられません。
読むのにひどく時間のかかった本です。私は退屈になると斜め読みしてしまうのですが、この本にはさ迷い歩くような筆者の気持ちに引きずり回されながらも、すっ飛ばすことのできない不思議な魅力がありました。
お勧め。