時代の終わり

戦艦ビスマルクはドイツが第二次大戦に向けて作った大型戦艦です。最初の航海で衝撃的な戦果を挙げたあと、復讐に燃える英国海軍から袋叩きに会ってそのまま撃沈されたことから、広く記憶されています。この本は、ビスマルクの生き残り士官が外交官人生が終わった後にしたためたものです。

巨大戦艦ビスマルク―独・英艦隊、最後の大海戦 (ハヤカワ文庫NF)

巨大戦艦ビスマルク―独・英艦隊、最後の大海戦 (ハヤカワ文庫NF)

ビスマルクの最初の航海は通商破壊を狙ったものでした。北大西洋に神出鬼没し、英米間の物資の流れに大打撃を与えることで英国を孤立させ、他のヨーロッパ諸国同様に押しつぶすのが狙いでした。しかし、一方で英国海軍に数で圧倒的されるドイツ海軍には、戦闘部隊の目を避けてこの作戦を取り続けるしか手がありませんでした。
隠密行動であるにもかかわらず、大西洋進出時にビスマルクはその姿を英国に察知されてしまいます。そして、レーダー装備の小型艦に追尾されることになります。重巡洋艦プリンツ・オイゲンを従えるだけのビスマルクにはこの小型艦を追い払うすべはなく、とうとう駆けつけたイギリスの戦艦と砲火を交えることになります。
この戦いで、ビスマルクは英国海軍の巡洋戦艦フットを轟沈せしめます。また、戦艦プリンス・オブ・ウェールズを大破させます。ビスマルクは初陣で、すべての海軍軍人が夢見ていた「強力な戦艦をもって敵戦艦を葬り、国を守る」という理想を見事に演じました。
しかし、ビスマルクの運命はこの後暗転します。空母ビクトリアスが放ったソードフィッシュ雷撃機による魚雷攻撃を受けたビスマルクはその後、ヨーロッパに向けて逃走します。しかしフッドと砲火を交わした際に被弾し、燃料に不安を抱えていたため全速を出すことができません。結局ヨーロッパ大陸の目と鼻の先で再度英国に発見され、空母アーク・ロイヤルが放ったソードフィッシュによる雷撃を再び受けます。この雷撃で操舵能力を失ったビスマルクはなすすべもなく復讐に燃える英国艦隊につかまり、袋叩きにあって浮かぶスクラップとなります。そして駆逐艦による雷撃を受けて沈没しました。
ビスマルクの作戦航海は、たった一度でした。その一度で大型戦艦の栄光を謳歌し、そして敵戦艦の砲火によって死を迎えました。しかし、ビスマルクの航海でもっとも重要な出来事は、二度の航空攻撃を受けたことでしょう。アーク・ロイヤルが放ったソードフィッシュ雷撃機は当時としても時代遅れの複葉機でした。重い魚雷を抱いて、のろのろと接近してくるソードフィッシュ雷撃隊にビスマルクは火のような対空砲火を浴びせますが、結局一機も撃墜できませんでした。
分厚い装甲と圧倒的な火力、精密な測量装置と早い足を持った最先端の巨大戦艦といえども、飛行艇にあっさりと発見され、二度の雷撃を振り払うことはできなかったのです。
この後、太平洋戦争開戦の際、日本海軍は浅海対応に改造した航空魚雷と爆弾を使って真珠湾に停泊中の米国海軍に大打撃を与えます。これをもって戦艦の運命は決まってしまいました。日本の巨大戦艦大和、武蔵はいずれも米国の大型戦艦と砲火を交えることなく航空攻撃で葬り去られました。ビスマルクとの海戦を生き延びたプリンス・オブ・ウェールズ日本海軍の陸上攻撃機による爆撃・雷撃により僚艦レパルスと共に海に沈みました。真珠湾で航空攻撃の有効性を身にしみて味わったアメリカは戦艦を空母機動部隊においては敵攻撃隊に対するおとりとして使い、戦争後期には海兵隊の上陸支援の砲台として運用しました。ビスマルクの姉妹艦ティルピッツはさしたる活躍もないまま、ノルウェーフィヨルドで航空機による攻撃をうけて沈みました。
戦艦の時代は終わったのです。
ビスマルクの戦いは戦艦同士の最後の戦いというわけではありません。しかし、そのたった一度の劇的な航海は戦艦の落日を暗示していました。
この本は公開された資料と本人の記憶を元にして書かれているため、ビスマルクやその航海に関する記述が緻密なだけでなく、生々しくもあります。ビスマルクの威容をはじめて目にする人がみな感じたであろう「これに乗っていれば絶対安全」という安心感が前半強調されます。その分、舵の制御を失って敵がいる海域に刻々と近づいているときの絶望感が印象的です。

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