地方立ち直りの条件

はてなダイアリーのトップページを見ていると、地方公共交通の死から始まっていろいろ語られています。

地方の公共交通が自家用車の普及によって死をもたらされつつあると言うのは事実だと感じています。ただ、「田舎の人が車を買ったからこうなった。自業自得。」というのは私には賛同できません。
ほんのわずかしか見ていない海外の例を思い浮かべても、その点は自明です。イスラエルでもアメリカでもイギリスでも小都市や田舎ではそもそも公共交通なしに、それぞれの地域がうまくやっています。たとえばこのへんなんか見て見ると、広大な田園の中に無数の小集落がばら撒かれているわけで、その一つ一つにバスが朝昼晩来て買い物を手伝ってくれているなんて夢のようなことがあるかどうか。仮にあるとしてそれがイギリス全土でモータリゼーション当初から続いているかどうか考えて見れば、「田舎の人が車を買う⇒公共交通が死ぬ⇒田舎の老人がのたれ死ぬ」という推論に無理があることは容易に理解できます。
日本は田舎に老人を残して若い奴が全部都会に集まるから、田舎が「その場姥捨て」になっているだけです。公共交通云々はその一側面に過ぎません。あるいは言葉をかえれば、核家族化しなければ公共交通が衰退しても問題ありません。
じゃぁどうすればというと、私は前から言っていますが都市解体しかないと考えています。若い奴…要するに企業…を田舎に追い払うしかない。長期的には若者が全国に偏在することで核家族化、田舎の高齢化はなくなるはずです*1。ただし、仮に行政が強権を発動して都市機能を全国にばら撒いても、今の土地の私有制を認めていたら絶対にうまく行きません。
企業とその労働者を受け止めるには、それなりの物流能力と商業地域、住宅空間が必要になります。小規模企業であっても企業は企業間のやり取りで食っていますので物流は絶対です。特に、姥捨て状態の手当てが目的ですから、現行で多くの人が常識と考えている非常識に狭い家では話になりません。広い道路、新しい店、新しい住宅ができるとなれば、現行制度では企画を立てた時点で土地の値段が跳ね上がります。結局、不動産屋が儲かるだけです。
企業分散に健全な結果を期待するなら、田舎に住んでいる人自身が相当程度のインフラ用の土地をただ同然で差し出さなければ意味がないだろうと考えます。そんな田舎ばっかり損、と思うなかれ。大都市労働者は狭い家、長い通勤時間に耐えて金を稼いでいるんです。それを全部放棄して田舎に移るのに、田舎の土地所有者だけが土地ころがしで金儲けなんて誰も許しません。
地方と大都市が同時に同じ方向を向いて現状を破壊しない限り、地方は再生しないんじゃないかと思っています。

*1:今の年寄りは救えないが