『オリエント急行殺人事件』

アガサクリスティの高名な推理小説を題材にした『オリエント急行殺人事件』を観てきました。

原作は未読ですが、映画は大変楽しめました。全編を通して豪華な一等寝台列車とそれを使って旅するにふさわしい紳士淑女達がによるきらびやかなシーンの連続です。舞台となるの列車の中ですので絵としては開放感の無いものになりがちですが。一方で冒頭のエルサレムでのハプニング、イスタンブールでの発車シーンなど、中東独特のほこりっぽさとうめき声を上げたくなるほどの人だかりが印象的で、序盤以降の雪山の景色と対照的です。

演技も楽しめました。これまでクリスティ原作の映画は観たことがありませんが、ケネス・ブラナー演じるポアロのエネルギッシュな話し方が大変面白かったです。内面の信念がにじみ出るような強いアクセントが素晴らしいですね。

肝心の急行列車も見所満載です。夜の雪山を走るシーンはちょっとCGにがんばりすぎて、なんだかイギリスの某魔法映画のCMでも観ているような錯覚になんどか陥りましたが、なんと言っても見所は一等寝台の客車と豪華な食堂車。そして、これでもかと言うほど真っ白に現れたナプキンと美しい食器の数々です。

登場人物もそれぞれに三つ揃いを一分の隙もなく着こなして見せたりと、ハリウッドの大作はこういう細部で手を抜きませんね*1

豪華な俳優とセットに加え、謎解きが進につれて不穏な影を落とす悲劇など、ストーリーも楽しめました。お奨めです。

*1:とはいえ、蒸気機関車が雪まみれだったり、物理的な甘さもハリウッドらしいと言えばらしいです。雪は解けちゃうはずですけどね

『ゴッホ 最期の手紙』

ゴッホを題材にした映画『ゴッホ 最期の手紙』を観てきました。

この作品は一旦俳優の演技を撮影した後、油絵で描き直した物をコマ撮りするという気の遠くなるような作り方をされた作品です。この話だけ聞くと奇をてらった映画に感じますが、全編にわたって息を呑むほど丁寧な絵作りと、終盤に向かっての観る者をぐいぐいと引きつけるストーリーがすばらしく、あっという間の2時間でした。

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『ドリーム』機械に酔いしれ、差別に打ちのめされる

日本では「差別と区別は違う」と耳にすることがあります。

概ね「区別しているだけのことなのに、過剰反応されてこまる」という意味です。本当に過剰反応のこともあれば、差別する側の言い訳のこともあります。

しかしマーキュリー宇宙船計画当時のNASAで働く三人の黒人女性を描いた映画『ドリーム』では、

「差別の実行は、区別として行われる」

ということを、嫌と言うほど見せつけられます。以下、だいぶネタバレがあります。

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チーズの味噌漬け

『エイリアン』を観た後につまみを買って帰ろうとしたのですが、いざ店に行って眺めてもピンとくるものがありませんでした。

そこで以前居酒屋で食べ、いたく気に入った「チーズの味噌漬け」に挑戦しました。ネットで検索すると山のようにレシピが出てきます。

私はお手軽にこんな風に作ってみました。

赤味噌とみりんを3:1くらいで混ぜてペーストにします。カットしたチーズの表面にペーストを塗りつけ、サランラップに包んで冷蔵庫へ。

当日と翌日で食べ比べました。流石に当日のものは「チーズ味噌」の域を出ていません。翌日食べたものはやや味噌がしみこんでおり、なかなか面白い味になっていました。

2,3日寝かすと面白いかも知れません。

『エイリアン コヴナント』

映画「エイリアン コヴナント」を観てきました。

リドリー・スコット監督による1979年の映画『エイリアン』は、地球外生物のショッキングな造形、次々と姿を変える生物、常に後手後手にまわるクルー、閉鎖空間での息詰まる展開、迫る宇宙船爆発の危機といったストーリーの良さ、そしてそれらを支える映像の美しさから映画史に残る作品になっています。実際、この映画は一度観ると忘れられないほど強い印象を観客に与えます。私が初めて観たのは中学生か高校生の頃で、年末のテレビ映画だったと思います。父親と二人でブラウン管の前で凍り付いていました。

さて、今作ですが各種作られたシリーズ作品の内、リドリー・スコット監督自身による「プロメテウス」の続編に当たる映画です。1979年の「エイリアン」とはパラレル・ワールド的な作品となり、直接的なつながりは無いんじゃないかと思います。

さて、肝心の内容ですが本当につまらなかったです。あらすじを紹介するのも嫌なくらいです。

リドリー・スコット監督は『エイリアン』『ブレード・ランナー』と映画史に名前を刻む作品を二本撮っています。しかしながら、この人はストリーで見せる人ではなく、映像で見せる人です。そんな人が、自身が撮った怪物映画の関連作に再度挑戦したのですが、おなじみ地球外生物がよく動く作品にしかならなかったという残念な結果になってしまいました。

エイリアン映画には

  1. 最強宇宙生物が現れ
  2. クルーが次々と死に
  3. 女性クルーが逃げ惑い
  4. 最後に反撃してやっつける

という定型があります。これに加えて

  • フェースハガー
  • 胸を突き破ってブシャーッ

というお約束があるわけで、いくら最初の作品から40年近く経って映像技術が進化したとはいえ、これらのお約束を繰り返されると「またそのシーンですか」と、うんざりした気持ちになります。

何か新しいことを期待していったのですが、期待外れでした。

『ダンケルク』

映画『ダンケルク』を見てきました。

第二次大戦中、フランスを助けるために送り込まれたイギリス陸軍は、ドイツの猛攻に晒され、フランス軍共々総崩れになります。ドイツ陸軍から追い込まれたイギリス兵士を救い出すために1940年5月に行われたのがダンケルク撤退戦で、イギリスはヨットやボートといった民間の小舟まで数百隻を動員してドーバー海峡をピストン輸送し、イギリス兵とフランス兵を合わせて30万人撤退させました。

映画『ダンケルク』はこのダンケルク撤退戦を描いたもので、ダンケルクからの撤退を渇望する兵士たち、ボートを海軍に貸し出すことを良しとせず、自らダンケルクへとプレジャーボートを駆る民間人、そして撤退戦を空から援護するスピットファイアの小隊視点で描かれます。

さて、肝心の映画ですが、退屈でした。

史実としてのダンケルク撤退戦は「包囲」「30万人」「数百隻」といったキーワードからわかるように大変大規模なものでした。戦艦のような大型戦闘艦は出ていないものの、駆逐艦や客船が動員されています。また、霧に包まれた砂浜の上では、ドイツ空軍とイギリス空軍が死闘を繰り広げています。

しかし、映画で語られているのは、このうちほんの僅かな部分です。時間の制約を考えれば描写がごく一部になるのは仕方ないことです。であれば、CGを使えばいいのでは?と思うのです。しかし監督は極力CGを使わないことにこだわりがあったようです。

その結果、数十万人の兵隊が包囲されているのに、海岸には中学校の臨海学校程度の人数がぼんやりと立っているだけです。映画の冒頭こそ、多くのイギリス兵の上に急降下爆撃機が現れ、凄惨な爆撃が展開されます。ところが、それ以降、爆撃機は思い出したようにやってきて船に爆弾を落とすだけ。

クライマックスの小型船が浜辺に現れるシーンも、現れたのは数十隻程度の小舟です。史実が頭の片隅にあると、運ぶべき人数と船の数が吊り合っておらず、全くカタルシスがないです。こういうところくらいCGをつかって派手に水平線を埋めればいいと思うんですよね。観客が鳥肌を立てるのはそういうシーンだと思うのですが。

実物を使ったというスピットファイアのシーンは、さすがに息を飲む美しさです。しかし、古い機体であるせいか、派手な空中戦はありません。やたら間延びした飛行シーンの中で思い出したように撃つため、見ているうちに

「早く撃てよ!」

とフラストレーションが溜まってしまいました。

なんだか悪口ばかりですが、楽しかった点はもちろんあります。

一番気に入ったのは「プレジャーボート」でダンケルクに向かう親子ですね。ケンブリッジに出張した際も目にしましたが、イギリスらしいおしゃれが非常に様になっている初老の男性というのが大変かっこよかったです。形式美、様式美を大事にして生きてきたイギリス人という感じの大変素敵なおじさんでした。

また、そのプレジャーボートと、海軍の掃海艇*1の対比も面白かったです。片や小さな船ですが船室や操舵室を美しい木で仕上げたボート、片や任務のためだけに作られた軍艦。その対比は退屈な映画の中で目を引く部分です。

それから、イギリスを舞台とした戦争映画というと、やはり戦争に積極的に関わってくるご婦人ですね。ダンケルクまで民間船でやってきた女性たちが、恐れるでもなく、気負うでもなく、いきいきと描写されていたのが印象的です。第二次大戦では女性がイギリス軍において大きな活躍をし、後に女性の地位向上を大きく後押ししました。そんなことを思い出させるシーンでした。

そしてなんと言っても、撤退した兵士を迎える市民たちです。

「つばを吐きかけられるぞ」

と落ち込む若い兵士に、食事を差し出す市民。

「生きて帰って来ればいいんだ」

と毛布を渡す老人。

このシーンで気落ちしている若い兵隊たちが生まれる前、イギリスから多くの若者がヨーロッパの大陸へ赴き、帰ってこなかったことを老人たちは覚えています。そういった背景はプレジャーボートのオーナーにも言えることで、やや退屈なこの映画で光る部分でした。

ダンケルク』は良いシーンも多いものの、全体的には退屈です。スピットファイアが大好きなら見に行く価値はあります。

*1:掃海艇と字幕には書いてありましたが、そんなふうに見えませんでした

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